PANORAMA STORIES
愛を込めて人形を! スロベニアの工房より実況中継 Posted on 2017/05/02 美月 泉 人形劇パフォーマー、人形制作、俳優 スロベニア・リュブリャナ
人形と聞くと、みなさんはどんなものを思い浮かべるでしょうか?
かわいいぬいぐるみ、美しい日本人形、西洋のビスクドール、マリオネット……
一口に人形と言っても、その種類や大きさ、素材は実にさまざまです。
私は今、スロベニアの首都リュブリャナにある小さな工房で、人形を扱った短編映像を制作しています。
私たちが手掛ける人形は “かわいい” からは程遠い、しわやシミまでもリアルに施した巨大な顔、しかも動かす人形です。
素材はやわらかなシリコン。間近で見るとその生々しさに少しギョッとするかもしれません。
実はこの人形、表から見るとリアルな人形ですが、裏側を覗くと百本を超える糸が仕込んであります。
これは日本の伝統的な糸からくりを基にしたもので、一体の人形を三、四人で同時に操ることで、人間の表情を再現し、感情を表現するのです。
人形デザイナーであるスロベニア人のボスの元、工房では人形の動きの精度を上げるため、顔の筋肉や皮膚の厚みを研究し、細かな問題点について協議を繰り返し、試作と実験を重ねてきました。
来る日も来る日もミリ単位の作業が続きます。
私たちの最終目的は映像作品を作ることにあります。
そのためには、第一に人形を完成させること。人形が完成したところで、第二の操りの稽古へと進むことができます。そしてこの過程を全て乗り越えた後に、第三の撮影が待っているのです。
しかし、人形が出来上がらないことには何も始まりません。
早く人形を完成させたい、そして操りたい。
チームで唯一人形の制作と操りの両方に携わっている私の気持ちは逸るばかりでした。
制作開始から一年半の歳月が流れました。そしてようやく試作を終え、本番で使う人形を作る時が来たのです。
数か月かけて中に埋め込むパーツを作り、それらを最後の三日間で組み合わせます。この三日間が大きな山場。
シリコンが完全に固まる前に次の層を重ねる作業が続くため、この時は工房に籠りきりです。
緊張が続く中、皆が同じ気持ちで集中していました。
しかし、待ちに待って型から出した人形は、大事な瞼に1cmほどの気泡が入っていたのです。
私たちが作っているのは操るための人形。張力に耐えうる強さでなければなりません。
ここに空気が入り込むことは許されないのです。人形は失敗でした。
それぞれのやり場のない気持ちが工房に溢れていました。
やっと生み出せると思っていた人形が、気泡ひとつで使えない失敗作になり、シリコンの物体として目の前に横たわっています。言葉が出てこず、涙が流れました。
そんな中、口を開いたのはボスでした。
「僕も悲しい。悔しい。完成させなければと思っていた。
だがこれが結果だ、申し訳ない。
けれど、このレベルまできた。ミスはあったがそれは本当のことだ。
僕はこの人形を受け入れる。そしてチャンスだと思う。
実はね…すでに昨日の時点で改良したい部分とアイデアが浮かんでいたんだ。次は気泡を防ぐだけじゃなく、もっと上の人形を作る。作れる。」
ボスの力強い言葉に、工房に張り詰めていた緊張がほどけていくのを感じていました。
そして誰からともなく人形のまわりに集まり、検証が始まったのです。
気泡の入った人形に触れながら、皆がそれぞれにああだこうだと言っています。
そうだ。結局のところ、みんなこの人形が好きでたまらないのです。
もう涙は流れません。
さっきまで失敗だと思っていた人形が、皆に押したり引いたりされながら、ちょっと迷惑そうに、でも笑っているように見えました。
手をかけ時間をかけた人形と一緒に、誰かの驚く顔が見てみたい。そう思うだけで、わくわく大真面目に、制作に戻る自分たちがいます。
道のりはまだ長い、けれどその道は見えている。
リュブリャナの工房での制作が、今日も続いています。
Posted by 美月 泉
美月 泉
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人形劇パフォーマー、人形制作、俳優。熊本県出身。2015年よりスロベニアの首都リュブリャナにてシリコンを使った人形・映像制作のチームに所属し活動中。日本では大人も子供も見られるヘンテコかわいい人形劇の活動をしています。人間と、その周りに在るモノや生き物たちが持つ物語に、日々目を凝らし心躍らせて生きています。