PANORAMA STORIES
アメリカ文化としてのトランプ現象 Posted on 2017/01/06 千住 博 画家 ニューヨーク
60年代から70年代にかけて世界を席巻した、アンディ・ウォーホルやラウシェンバーグたちによる“ポップアート”という美術運動は、アメリカ文化の特長を多く含み、一言で説明しやすい。
それは徹底的に“浮世にこだわる”文化ということだ。
生活は大量生産、大量消費により成り立ち、見たこともない歴史や神話ではなく、足元のドラマに注目し、マスメディアにより送り届けられる華やかなものにあこがれ、悪趣味をものともせず、崇高や貴族性をせせら笑い、全てを俗化する。
これがポップアートの描き出したアメリカだった。
この“浮世にこだわる”アメリカ文化をあと押ししたのがテレビだ。テレビは全てを映し出すメディアだ。
視聴者が望むものを遠慮なく映し出してくれる。
それが下品でも教養がなくても、相当いかがわしくても、大衆の関心に着目し、全てを広大な全米の茶の間に届ける。そして大衆もこれに大いに反応する。
湾岸戦争の時、多国籍軍がイラクに侵攻すると、早回りして待ち構えていたCNNが前方から同時生中継し、多国籍軍も茶の間もひっくり返る位驚いたということがあった。
アメリカのテレビ文化の真骨頂というか、面目躍如たる出来事ではないだろうか。
ニューヨークのおぞましいタブロイドで揉まれ、自らも人気テレビ番組「アプレンティス」の人気出演者でもあったトランプは、このアメリカ文化の特質を体験的に良くわかっていた、と考える方が普通だろう。
大統領を目指すトランプにとって、テレビや、そのあとで情報の主導権を握るソーシャルメディアこそ、政治の舞台に闖入して話題になるための起死回生の装置とも言えた。
よりによって大統領候補が、とんでもない暴論をテレビで堂々と吐くから、それは大騒ぎになる。
しかしトランプにとっては、致命的なダメージにならないギリギリを攻めていた。
ソーシャルメディアがそれを追随する。
トランプのノーカットの目の離せない一挙手一投足は、メディアを通して世の中を大混乱に陥れた。
トランプの思うつぼだったと思う。大衆に何が“受けるか”を知り抜いていたトランプは、マスメディアという自らの親しんだ土俵に政敵たちを引きずり込み、引っかき回したのだ。
得票数としてはヒラリーが圧倒的に上回ったが、制度上の特長から、遂にはトランプが大統領に選ばれた。
なぜここまで食い込んだのか。
ヒラリー政権では、これ以上アメリカ中間層の深刻な貧困は救えない、相当な問題発言があっても、色々意見の相違はあっても、それはそれとして、まずは国内の不況を何とかすると公約し「アメリカを再び偉大にする」とくり返すトランプに己の人生を託すしかない、と断じた人々の思いに拍車を掛けたのが、トランプの確信犯的なメディア操作であったということなのか。
いや、むしろアメリカのメディア文化が、何を言い出すかわからないトランプのドタバタ劇を見て絶好の餌食と食いつき、想定外にまで拡散させた結果と言った方が正しいだろう。
伏兵は慣れ親しんだアメリカ文化そのものにあったということだ。
投票直後でさえ、アメリカ人たちはヒラリーの当選を信じていたのだから、一番驚いたのはトランプ本人だと思う。
かくしてトランプはアメリカ大統領に登り詰め、今や核のボタンを持った。
アメリカの作り出した現実だ。
そしてこれは、今になって思えばということだが、アメリカ文化ならではの展開として、十分予想できたことでもあった、というべきなのかもしれない。
Photography by Yoshinori Murakami
Posted by 千住 博
千住 博
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画家。京都芸術大学教授。1958年、東京都生まれ。1982年、東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。1987年、同大学院後期博士課程単位取得満期退学。1993年、拠点をニューヨークに移す。1995年、ヴェネツィア・ビエンナーレ絵画部門名誉賞を受賞(東洋人初)。2007~2012年、京都造形芸術大学学長。2011年、軽井沢千住博美術館開館。2013年、大徳寺聚光院襖絵を完成。2016年、薬師寺「平成の至宝」に選出され、収蔵。平成28年度外務大臣表彰受賞。2017年、イサム・ノグチ賞受賞。日本画の制作以外にも、舞台美術から駅や空港のアートディレクションまで幅広く活躍。