PANORAMA STORIES
人と人の心を繋ぐ橋を架けよう Posted on 2017/05/25 荒川 はるか イタリア語通訳・日本語教師 イタリア・ボローニャ
最近、久々に「知ること」の楽しさ、好奇心の大切さを心底味わう機会があった。
遺跡や芸術品で溢れるイタリア。ここでは感覚が麻痺してついその素晴らしさを見過ごしたり、知らずに通り過ぎたり、なんてことがありがち。異邦の地から来た者にとっては尚更のこと。
そんなジレンマに手を伸ばしてくれたのが、外国人に町の文化を理解してもらうことを目的としたFAIイタリア環境基金の「Arte Un Ponte Tra Culture芸術:文化間をつなぐ架け橋」プロジェクト。
ボローニャの歴史と芸術を教える無料の芸術文化メディエーター育成コースがあると知って申し込んだ。
座学と見学ツアーがあり、情熱的な講師達によるガイドで、それまでぼんやりとしか知らなかった場所や作品が、急にくっきりとピントが合ったかのうように、色付いて物語のあるものに変わっていった。
好奇心のアンテナを張っていないと発見できない宝がこの町にはたくさん隠されている。
それに出身の違うあらゆる境遇の仲間と受けた授業は刺激的で、私にとって特別な経験となった。
開講3年目となる今年は、初めて難民申請をしている移民の中から参加者があったそうだ。
異国の地に移住する理由はいろいろある。留学、仕事、結婚、さらには出稼ぎ、そして亡命。
ここ数年イタリアでは、中東やアフリカから命がけで地中海を渡ってくる難民、移民が後を絶たず、2014年から16年の3年間で50万人以上が上陸している。
その多くが戦争や貧困、政治的弾圧を逃れてきていて、救助された亡命希望者はイタリア各地の避難所に受け入れられているのだ。
それぞれの理由で同じ土地に辿り着いた私たちが一つの教室で学ぶ、それだけで奇跡的なこと。
欧州、アジア、アフリカ、中東、南米20カ国を超える国出身の受講者が集まるクラスではコメントや質問などが飛び交い授業はかなりインタラクティブ。
同じ話題に対して各自が自分の国と比較をするから、視野に広がりが生まれて面白い。授業態度は14世紀のレリーフと同じく十人十色で、私が必死にメモを取っている脇でノートも開けずに聞いている人、質問しまくる人もいた。
ある時授業中に「このコースは何の役に立つんですか?」と訪ねた参加者がいて、ちょっと驚いた。
コースの趣旨を知りたかったのではなく、コース受講がイタリアでの生活に馴染むための努力として認められ、難民申請に有利に働くことを確かめたかったようだ。ここで生きていくための切実な思いがあったのだ。
その彼も、最後には「自分の今住んでいる場所がどんなところか、ようやくわかった。ボローニャは見るところがないと思い込んでいる友達にこの町の素晴らしさを教えてやる。」と誇らしげだった。
めでたく一同修了証を受け取った修了式。
参加者達が思い思いに感謝や感激を言葉にし、胸が熱くなるのを感じた。
「授業の度に、うちで習ったことを延々と語り続けた私に我慢してくれた夫に感謝」というルーマニア人の彼女に同感だったのは私一人ではない。
人一倍熱心だったスーダン人の言葉が私の心に突き刺さった。
「僕の国にはもっと古い遺跡があるけど、戦争の中では誰もそんなものに見向きもしないよ。」
文化に向き合うこと自体が、安全な日々を送る者だけに許された自由なのか。
でも今回学んだことや分かち合った感動を、彼が自分の国の言葉で同郷の仲間と共有できれば、そこに新たな好奇心が芽生えはしないか。
知ることの喜びで人と人の心に橋を架ければ、蔓延する憎しみと哀しみ、そして無関心の連鎖を断ち切る一歩になるのでは。
文化メディエーターの意味を考えながら、そんな思いに行き着いた。
(except the 3rd photo by Haruka Arakawa)
Posted by 荒川 はるか
荒川 はるか
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イタリア語通訳・日本語教師。東京生まれ。大学卒業後、イタリア、ボローニャに渡る。2000年よりイタリアで欧州車輸出会社、スポーツエージェンシー、二輪部品製造会社に通訳として勤める。その後、それまでの経験を生かしフリーランスで日伊企業間の会議通訳、自治体交流、文化事業など、幅広い分野の通訳に従事する。2015年には板橋区とボローニャの友好都市協定10周年の文化・産業交流の通訳を務める。2010年にはボローニャ大学外国語学部を卒業。同年より同学部にて日本語教師も務めている。