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自分に向けた短い手紙「未定という言葉にひそむチャンス」 Posted on 2022/07/08 辻 仁成 作家 パリ

「変わらないですね、いつまでもお若い」

これは誉め言葉でしょうか?
こう言われて素直に喜んでおりましたが、ある時、ふと気が付きました。
人間として進歩がないということじゃないかって(笑)。
人間は老いていく定めですからね、仮に若々しい体形を維持できているのであれば、それは逆の意味で「変化してる」ということかもしれません。若さを保つのではなく、若さを獲得しているということならば、いい意味になりますね。

君はちっとも変わらんなあ、と旧友に笑われたら、おっと、ご用心。
外見じゃなく中身のことかもしれない。
ぼくはよく言われますので、そうとう気を付けております。

一方で、いつまでも実際に外見も中身も若い人がいます。
このような人たちは老いていく定めに抗い、つねに自分自身を再起動し続けている人たちかもしれないです。
社会に出ると人は途端に凝り固まっていきます。
世の中の既定に従って逆らえなくなり、つまりは考えず、疑問を持たず、受け入れていって、
どんどん固まっていく。
未定という言葉が反対にありますが、未定であれば人はその分、可能性があるということかもしれませんね。

あの、老いることは悪いことじゃありません。どう老いるか、どう年を重ねていくか、ですよね?
ぼくなどはまさに進歩のない老い方をしております。
そんなぼくも、若い頃は未来が怖かった。まったく先が見えなかったからです。
白紙だったり、あまりに未定でしたから(笑)。
大学を卒業した仲間たちが大企業に入社していくのに、自分だけ何者でもないわけですから、そりゃ、怖いですよ。
でも、今はもう怖くない。
経験でしょうか、それなりに押し通してきたからでしょうか。いろいろな術を知ったし、変な技術を身に付けたせいもある。
しかし、ぼくにはいまだ規定とか固定の概念がありません。



作家デビューしたての頃、同年代の作家に、新宿の路上で、「君は馬鹿か利口かわからんな」と言われたことがあります。この言葉は衝撃的でした。生涯忘れることがないでしょう。
もちろん、個人的にはいい意味にとってました(笑)。いや、いい意味に誤解してたというべきか。
この一撃はいまだに自分に刺激を与え続けています。俺は馬鹿か? 利口か? どっちなんだってね(笑)。

ええ、そのまま振り切って逃げ切りたいなあ、と思います。
バッターボックスに立つぼくはいつも震えています。
「振り逃げ」ってご存知ですよね?
三つ目のストライクを捕手が取り損ねた場合、バットを振った打者は一塁へ走っていいんです。
もちろん、捕手は慌てて拾ってボールを一塁へ投げますけどね。
やってみなきゃ誰にもわからんこともあります(笑)。
1パーセントの可能性であろうと、何が起こるかわからない。つねに、チャンスはまだあるってことです。
目指すは人生の一塁。ドキドキしますね。
振り逃げもありなんですよ、人生は一度きりなのですから。
えいえいおー。

自分に向けた短い手紙「未定という言葉にひそむチャンス」



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Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。