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父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」 Posted on 2022/05/04 辻 仁成 作家 パリ

懐かしい、父子旅の記憶から、今日は、ユーラシア大陸最西端のロカ岬に旅した時の、父子の想い出を・・・。
はじまりはじまり。

暗くなってホテルに到着したので、どういうホテルなのか、ちょっとよくわからなかった。
ホテルのレストランはなぜか満席、仕方がないからバーでポルトガル料理、タコの煮込みとか干し鱈のコロッケなんかをつまみながら、ビールを飲んで寝ることに。
翌朝、まばゆい光りに瞼を押され起きた。
どうやら、ホテルの寝室の奥がサンルーフになっている。気が付かなかった。

タイル張りの床にソファがどんと置いてあるだけの簡素な小部屋。
丸い窓があって、恐る恐る近づき、というのもゴーというものすごい音に包囲されていたからだ。
光り輝く窓を開けると、思わず、声が飛び出した。すげー。

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」



父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

我々が泊まったホテル、フォルタレザ・ド・ギンショは断崖絶壁の突端に建っていた。
三方を大西洋に囲まれている。

そこはユーラシア大陸最西端に位置するロカ岬のすぐ隣、シントラ・カスカイス自然公園の中に位置する。
ポルトガルの偉大な詩人カモンイスが詠んだ有名な詩の一節「ここに地終わり、海始まる」の場所である。
ついに来た。最果てホテルだ!

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

とにかく断崖と砂浜と波しぶきと金波銀波、そして原野が広がるものすごい立地。
ホテルはそこにあった。
そのことだけでも感動に値する。すごいところにやってきたものだ、と興奮することしかできない。
家具の調度がどうだとか、アメニティがどうだとか、そういうものは二の次になる。

いや、けれども家具の調度もホテルマンの対応も全く問題はない。
まるで要塞のような、古城のような堅固な造りのホテル。
ドアや窓枠や壁や階段は大昔のポルトガルの伝統や風情をそのまま残しており、居心地もよい。
けれども、このホテルに関してはそういう古風なデザインだとかセンスより、そのロケーションのすごさに圧倒されてしまう。

小説家のイマジネーションが動き出す。

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」



父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

息子と探険に出かけた。
どこまでも続く浜辺には驚くべき程に男らしい荒波が打ち寄せる。
そこに光りが照り返すものだから、神々しく、目が眩む。

サーフポイントなのであろう。ところどころに遊泳に関する注意書きがある。
砂浜と断崖の岩場が共存する不思議な景色が続く。
まるで、人間のいない宇宙の星に漂着したような感じすらある。自然が生き生きと迫ってくる。

まさにここからポルトガル人はアジアへ、日本へと船を出したのだ。とてつもない冒険ではないか。
彼らがどのような思いで種子島に漂着したのか、と荒波を見つめながら考えた。考えさせられるすごい場所である。
想像力をはるかに超える神の声が届けられる。

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

そこには圧倒的な強さと圧倒的なやさしさが存在している。

丘を振り返ると砂丘が広がる。砂丘の終わりには見たこともない植物が地面にへばりついている。そして原野だ。
桟橋のような木道(もうどう。ヴォードウォーク)がその原野を横断する。蛇がいるので下を歩くのは危険だ。
野良犬もいる。人間が作った木道を進んだ。

丘の上にロッジ風のカフェがあり、そこで休憩した。
他にすることがないので、ただ海に沈まんとする太陽を見つめていた。それだけで充実した時間が過ぎていく。
何もしない静かな時の流れに勝る感動はない。

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」



父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

ホテルの周辺にはレストランが散在していた。

一つのレストランまで歩いて5分、でも、食堂は途切れることなく国道沿いに立っている。
どこからともなくポルトガル人が車でやってきて、魚を食べては帰っていく。
店に入ると、「今朝獲れた魚だ」とずらりと並んだ魚介を見せられた。それを塩釜焼にして食べた。

海の味に心を奪われる。

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

夜は部屋にこもり、聞こえてくる波の音を聞きながらランプの灯りで小説を読んだ。
息子の寝息が聞こえてきた。波の音、息子の寝息。

わたしはポルト酒を寝酒に、窓辺に立った。
見上げると満点の星空が広がっている。惑星の耀きに心をもう一度奪われてしまった。

父子旅の記憶「ユーラシア大陸最西端のホテルでぼくら父子は沈む夕陽を見た」

ここに地終わり、海始まる。

Photography by Hitonari Tsuji

 
 
 
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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。