PANORAMA STORIES
ドイツ幻想都市軸。ミヒャエル・エンデが遺した言葉「心配しないで」 Posted on 2017/07/19 川合 英介 建築士 ミュンヘン
同じ景色を見ていても、人それぞれ心象風景は異なる。だから、人は心の中に自分だけの都市を持ってる。
僕たち家族はミュンヘン西部、フュルステンリーダー街路に近い場所に住んでいて、この街路と、それに直交するニンフェンブルク城の中心軸が、僕にとって特別な、幻想的な都市軸になっている。
幻想都市軸:僕たちの住居 ━ 森の墓地 (南へ)
僕たちの住む場所からフュルステンリーダー街路をバスで南へ約7分。そこに「森の墓地」がある。死後、静謐な時を過ごしたいという願いから造られたこの墓地には、森の中に墓碑が林立している。
その森の中で、長い眠りについているのが「果てしない物語」、「モモ」の作者であるミヒャエル・エンデ。
この「森の墓地」の設計者、ハンス・グレッセルは主に大戦前にミュンヘンを中心に活動した建築家。彼の墓碑も、建築の装飾をそのまま実際の植物で実現したような素晴らしい蔦に覆われて、この墓地に厳かに立っている。
幻想都市軸:僕たちの住居 ━ 小学校(北へ)
僕達の住居からフュルステンリーダー通りを北へ向かうと長男君の通う小学校。ネオ・バロック様式のこの建物は、「森の墓地」の設計者ハンス・グレッセルの設計。二度の大戦を生き延びた建物だってことは、長男君から教わった。
幻想都市軸:小学校 ━ ニンフェンブルク城(さらに北へ)
街路の名前は途中で変わり蛇行するけれど、更にフュルステンリーダー通りを北へ向かうと、ニンフェンブルグ城がある。バロック・ロココとイギリス式風景庭園が混在した城の中心軸が運河として街路に直交して走る。この城はバイエルン王家、ヴィッテルスバッハの離宮だった。城の一室で、ルートヴィッヒ二世が産声を上げた。王は世情を省みず、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなったノイシュバンシュタイン城など諸々の城を造らせた狂王、メルヘン王としてあまりに有名だ。
アラン・レネ監督の映画、「去年マリエンバードで」では、この城の一部が舞台になっている。
後期バロック、ロココ様式の過剰な装飾は、建物本来の輪郭に絡みつき、輪郭を消し去り、見る者の意識の中でイメージへと昇華し、現実と夢の境界を曖昧にする。この幻惑作用が「去年マリエンバードで」の、現実と夢、もしくは妄想の混在を助長させる。
幻想都市軸:ニンフェンブルク城 ━ ブルーテンブルク城、エンデ・ミュージアム (西へ)
ニンフェンブルク城の中心軸を西へ進むと、ちょっとこの軸から外れた所にブルーテンブルクという古城があって、その一部がエンデ・ミュージアムになっている。
このように、南は森の墓地に始まり、僕たちの住居を通過しエンデ・ミュージアムに至るのが、僕の多分に恣意的な幻想都市軸だ。
久し振りに、エンデ博物館へ行ってみた。受付の女性が、ミュンヘンでのエンデの住居は、旧市街に立つ後期バロックの傑作、アザム教会の向かいだったのよ、と教えてくれた。アザム教会内部は、幾重にもうねる装飾が襞のように内部空間を覆いつくす。エンデがその向かいに住んでいたのも、また当然のように思えた。
教会に向かい合う空間で彼は、現実と夢を往来する幻想世界をたくさん書いた。
都市には建物だけではなく、人々の感情、記憶、そして夢、幻想までもが堆積してきたし、今こうしている間にも堆積し続けている。建築士として建物、都市と日々、対峙する僕は、時としてその重みに押しつぶされそうになる。
ミュンヘン西部、静謐な森の中で、「モモ」を導いた亀、カシオペイアは、エンデの墓碑に寄り添う。
その甲羅に浮き上がる文字。
「HABE KEINE ANGST(心配しないで)」
朝、玄関の扉を開け、幼稚園に通う次男と手を繋ぎ、都市、建築と対峙するべく出勤する僕の背中を、この言葉がそっと押してくれる、「心配するな、前へ進め」と。
Posted by 川合 英介
川合 英介
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建築士。静岡県出身。2003年交換留学生として渡独。以来、ミュンヘン在住。ミュンヘン工科大学にて「都市壁撤去後の都市境界形成」について博士論文を執筆、博士号取得。現在、建築士として設計事務所に勤務。住宅、幼稚園、事務所、集合住宅の新築、改修、増築プロジェクトを担当。パティシエの妻、二人の息子とバイエルン生活をドタバタとエンジョイ中。