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佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」 Posted on 2024/07/15 佐伯 幸太郎 ライター パリ

フランスはフェミニズムの国だからね、女たちは生まれながらに女性第一主義で育てられてきた。
でも、俺はそういう気位の高いフランス女を口説くのが好きでね。
つまり、登山に似てる。そこに山があるから登れってわけだ。

俺は自称料理評論家だけど、本業は自然派ワインの輸出業者だ。
だからか自ずと、自然派ワインを扱う店に自然と足が向く。それから型破りなシェフが大好き。
奇想天外というか、こんなおもろいやつが料理やってんだって店がいいね。

フランスで一番奇妙で面白くて美味しくて奇天烈な店を今回は紹介したい。
En Mets Fais Ce Qu’il Te Plait、という長い名前の店。「料理なんてよ、好きなもん作ってりゃいいんだよ」と訳す。女と一緒だな。ここら辺が俺にドンピシャだった。
ここの石田シェフ、豪快な風貌ながら繊細な料理を生み出す天才である。

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

はじめて来店した時はびっくりした。何せ、店に入るだろ、すると石田シェフのお嬢さんがそこで勉強してるんだからね。右手にガラス張りの厨房があり、左手奥に食堂。何かの演出? 店間違えたか? と最初は誰もが思う。
しかもそこら中にごちゃごちゃと私物とかいろんなものが置いてあってさ、まるで石田さん家? 

案内されて食堂に行くと満席。それだけじゃない。まもなくすると、迫力ある怒鳴り声が厨房から届きはじめる。「馬鹿野郎、てめえ、なんどいやわかんだよ、そうじゃねぇだろ、このドアホ!」みたいなフランス語。
隣の席のフランス人、たぶん、常連なんだろうね。石田シェフが怒鳴る度に、クスクス笑ってやがる。ほかの連中はまるで聞こえてないような感じで平然と食事している。

あの、そんなフレンチの店に行ったことありますか? 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

今回、俺がエスコートしたリヨン美女のナタリーも面食らってた。
そりゃそうだ。十歳くらいの娘さんが店の一番でかいテーブル占拠して勉強してる、そんなフレンチレストランなんて世界広しといえど、ここだけ? そして、怒鳴り続けるシェフ・・・。

「コータロー、ここ大丈夫?」
それがナタリーの最初の感想だった。俺は笑顔でウインクしてみせた。まかせとけって、
俺がお前をがっかりさせたことがあったか? 

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

アミューズはスコットランド産の天然サーモンをシェフがスモークした驚くべき一品。
とにかく俺はこれを食った瞬間、石田シェフのファンになった。

レバノン産のスマックというスパイスを加えてスモークしてる。発想もすごいが、風味がエクセレント! 
ちょっと梅紫蘇漬けに似た感じ、レモンっぽい酸っぱさがあってね、このスマック、レバノンやシリアでは魚にふりかけたりする。石田シェフに朝から晩まで怒鳴られているコミ(アシスタント君)がレバノン人で、彼の実家で穫れるものらしい。ちなみに奴はもしかしたらマゾ? フランス人だったら人権侵害とか大騒ぎして一日でやめてるはずだからね。

「コータロー、これは演出なの?」
「日本の昔のすし屋なんかはこんな感じだったんだよ。石田シェフは大和魂の料理人だ」
「コータロー、私、こういう野蛮な感じ好きよ。男らしい」

ナタリーちゃん、君って本当に可愛いね。俺も野蛮だぜ、今夜が楽しみだ。

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

アミューズ二品目、春菊のスープの中に、ユタビーチ産の生牡蠣が泳いでいる。
これははじめて食ったけど、面食らった。98年の貴腐ワイン酢でしめられている。見た目、春菊だろうな、とは思ったけど、誰が春菊と牡蠣がマッチするなんて思う?

ナタリーが青い目をひんむいて「信じられない」って叫んだ。まさにそんな一品だった。
これに自然派のシャンパーニュDIAZが見事にマッチ! こっちの春菊は日本のものほど癖がない。だからかもしれないが、ちょうどいい個性が生牡蠣の海臭さを中和させ、でも、お互い十全な個性があるからこそ、それが口の中で駆け引きをし続ける。そこに個性豊かなDIAZの独特の風味がさわやかな風を持ち込むって寸法だ。

海と山が海岸線で交わるような、そんな滅多にない味わいが口の中に絶景を生み出している。

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

前菜にブルターニュ産のエイをハーブとスパイスで味付けしたサラダ仕立ての一皿。
シェフは魚料理がダントツに上手い。魚介が続く、ブルターニュ産のホタテのポワレ。モナリザじゃがいもの泡がまるで自然薯のようにとろりと覆い、その上にアルバ産の白トリュフがでんとのっかった一品だ。

フランス人はホタテ好きなんだけど、どうも、ホタテの食い方はあまり知らないねぇ。
ホタテがやわやわだと寿司食って育った日本人にはつらい。
石田シェフのホタテは弾力を取り戻し、自信が漲っている。
ジャガイモの泡ソースは絶品で粘り気がすごい。そして、白トリュフだ。文句あんのか? 
この辺は演劇でいえばもっとも引き込まれる場面だな。俺はナタリーの手をさすりながら、ウインクしておいた。

いいムードなんだけどねぇ、どこからともなく聞こえてくるんだよ、あの怒声。
「この野郎、何度言ったらわかんだよ、それじゃ、料理が台無しだろう? この馬鹿!」
俺は目を閉じる。ちょっとここ口説きづらいなぁ。
でも、ドナルド・トランプのような石田シェフには誰も逆らえない。笑ってごまかすしかない。
俺たちは見つめあいながら、苦笑しあった。

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

ブルターニュ産一本釣りのスズキとラングスティーヌのポワレへと続く。

ナタリーも俺も食べることに専念しちゃって、言葉が出ない。物静かな奥様が申し訳なさそうに赤ワインをそっと出してくださった。Baume de Venise( La Ferme Saint martin) sans souffle 2014、グルナッシュ50%、シラー50%とバランスのいいワインだった。いや、満腹だよ。ナタリーが面白いことを言った。

「ねぇ、どうしてこんなに繊細な料理をあんな豪傑な人が創作できるわけ?」
「今度、日本に一緒に行こう。日本の板前さんたちは客の前で若い料理人たちを怒鳴りつける。それが昔ながらのジャパニー料理人気質だ。イキってもんだ。嫌いじゃないだろ?」
「素敵、私ね、そういう世界に憧れがあるの。むらむらしちゃうかも」

佐伯幸太郎の美女と美食三昧 好きな女を料理しろ。「オンメフェスキルトゥプレ」

最後がブレス産のプーラルドのロティ。アンディーブのムニエール。根セロリのピュレ、フォアグラのソースがけだ。肥育した若い鳥のことをプーラルドと呼ぶ。まさにナタリーのような。
ちょっと肥えてる感じの肉付きが個人的には好みでね、腰に手を回すだろ? その時に、なんつの、つかみ甲斐のある安心感? しがみつきたくなるような旨味? 肉汁の濃厚な欲望? その、なんてんだ? たまらない触感。
皮パリなのにオレンジソース振りかけたようなジューシーなプーラルド、噛めば噛むほど味わい深い女が好きでって、え? 何? なんだって? 

「この野郎、何度言えばわかんだよ、国に帰れこの馬鹿野郎。それじゃ料理が台無しだろ!出直してこい、このうすらとんかち!!!」

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Posted by 佐伯 幸太郎

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Kotaro Saeki
ライター。渡欧25年のベテラン異邦人。ワインの輸入業からはじまり、旅行代理店勤務、某有名ホテルの広報を得て、現在はフリーランスのライター。妻子持ちだが、美しい女性と冒険には目がない。モットー、滅びゆくその瞬間まで欲深く。