PANORAMA STORIES

三四郎日記「犬の宿命、人間の運命。ぼくは広場でムッシュと走る。第8話」 Posted on 2022/01/29 三四郎 天使 パリ

ぼくはだんだん(一週間かけて)分かってきた。
このパリという場所では、夜中に吠えたらいけないのだ、ということとか・・・。
ムッシュことパパさんは、「上の人や下の人を起こしちゃうから、頼むから、吠えないで」というようなことを言った。
このパリという場所ではおしっこはシートの中にしないとならないのだ、ということもだんだん分かってきた。
だからムッシュはぼくがおしっこシートにカカやピッピをやるとダンスをするくらい喜んでくれる。
ぼくはそこに使命感を感じて、頑張って四角いおしっこシートなるものの真ん中でいつもやろうと頑張るのだけど、それがなかなかに難しい。
なぜなら、ぼくは足が短く胴長だから、距離感が図れないのだ。
いつも、おしっこシートの枠のギリギリのところ(時に半分ははみ出している)でしてしまい、ムッシュは、「嗚呼、三四郎・・・」とため息をこぼしている。



それでも、田舎からパリに出てきて、この一週間をかけて、ぼくはぼくなりに成長したし、おしっこやうんちの距離感が掴めるところまで来た。
ここだと思うところよりも、一歩、前に出ると枠内でおさめることが出来るのだということを覚えるようにもなった。
でも、このパリという場所では、ぼくより大きい犬たちは家ではしないで散歩に出た時にカカ(うんち)とピッピ(おしっこ)をしている。
パリの犬たちが外でカカやピッピをするのを何度か目撃した。
でも、ぼくにはまだその勇気はない。
恥ずかしくて、そんなこと出来ないでしょ?
そしたら、パパさんがぼくに言った。
「三四郎。お前はまず、家でちゃんと出来たらいいよ。外でやるのは成人してからでいい。少しずつ犬らしく成長していきなさい」
いやだ。ぼくは犬らしくなんかなりたくない。
ぼくはパパさんの子供になりたい。

三四郎日記「犬の宿命、人間の運命。ぼくは広場でムッシュと走る。第8話」



今日、パパさんことムッシュの友人のピエールさんところのモップさんとはじめてカフェで対面した。
下の階のオラジオちゃんには思わず吠えてしまって、
「そんなことをしていたら友だちが出来なくなるぞ」
とムッシュに叱られたので、今日は、モップさんには吠えず、匂いを嗅いでいた。
モップさんはぼくより十数歳年上のかなり高齢なシーズで、ぼくがまだ田舎から出てきたばかりだ、ということを察知してか、
「私も田舎の出身だから、君の不安、心細さ、寂しさが分かるのよ」
と慰めてくれた。
一緒に散歩をしたので、いろいろなことを教えてもらうことも出来た。
「サンシー、大事なことはね、まず、自分の居場所をちゃんと作ることよ」
モップさんは穏やかな老女であった。
「その世界で、あなたのご主人であるムッシュに愛されることよ」
「愛ってなんですか?」
とぼくは問いただした。
「犬にとって愛とは寄り添うことよ」
なるほど、とぼくは思った。
「嬉しい時は喜び、甘えたい時は甘えて、尻尾をふって、ムッシュに素直にその喜びを伝えることよ。愛されれば、おのずと、愛はあなたに降り注ぐわ」

三四郎日記「犬の宿命、人間の運命。ぼくは広場でムッシュと走る。第8話」



モップさんの助言はぼくにはちょっと難しかった。
つまり、愛というのが、どこからどこまでのものか、よくわからなかったからだ。
愛されるために、ぼくがするべきことが分からなかった。
愛してあげることが、愛されることとどう違うのかも分からない。
でも、モップさんと別れた後、ぼくはそれまでよりもう少し大人に近づけた気もした。
人間のことはまだよくわからなかったけれど、人間はぼくを通して、自分を慰めているのかもしれないな、と思った。
だから、ぼくは素直にムッシュの愛を受け止めていればいいのかもしれない。
ぼくに出来ることは、ムッシュに寄り添うこと・・・。
それは世界中のすべての犬たちがやっていることであり、犬は人間の一番の友だちになりえる生き物だからだ、ということであった。

パパさんことムッシュはぼくに一日三度の食事を与えてくれた。
ムッシュはぼくがしたピッピやカカを黙々と掃除する。
ムッシュはぼくにサーモンのおやつをくれる。
そして、ぼくはムッシュの股の間で、いつも眠ることが出来た。
一日に3回か4回、ムッシュはぼくに首輪をつけて、散歩に連れ出してくれた。
そして、この世界というものがどういう風になりたっているのかを教えてくれた。
「三四郎、走ろう」
とムッシュはリードを引っ張った。
ぼくは全速力でムッシュの後ろを追いかけた。
ぼくが鳩を追いかけるのが好きだとわかると、ムッシュはぼくにけしかけた。
ぼくが必死で鳩を追いかけると、ムッシュも一緒に走ってくれた。
ぼくは記憶を遡る。
生まれた直後のこと、父さんと母さんがいて、兄弟たちが大勢いた。
兄弟たちはみんな誰かに引き取られ、ぼくが最後に残った。
ぼくがムッシュに引き取られた日、ぼくの母さんが遠くからぼくを見送っていた。
母さんは何も言わなかった。
ぼくが犬の宿命を知った瞬間でもあった。

つづく。

三四郎日記「犬の宿命、人間の運命。ぼくは広場でムッシュと走る。第8話」

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Posted by 三四郎

三四郎

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2021年9月24日生まれ。ミニチュアダックスフント♂。ど田舎からパリの辻家にやってきた。趣味はボール遊び。車に乗るのがちょっと苦手。