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三四郎日記「吾輩は犬である。名前はもうある。第1話」 Posted on 2022/01/21 三四郎 天使 パリ

吾輩は犬である。名前はもうある。
つい、今朝までぼくには、シンプソン・ロワ・ドゥ・ベルジュラックという由緒のある名前がついていたのだけど、今日、前にも一度会ったことのある髪の長いこの辺では見かけない外国人のムッシュがやって来て、ぼくはどうやら、この人に引き取られることになった。
なぜ、そう思ったのかというと生まれた時、ぼくには5人(5匹)の兄弟がいた。
けれども、同じようにある日、見知らぬ人がやってきて、ちょっと面会をした後、その人たちはみんな笑顔になって、ぼくを含めてその6匹の中から、お気に入りの子を指さして、それから、その一匹を大切に抱えて、次々、ここを去っていった。
ぼくの前に引き取られていった最後の兄は、ぼくに向かって、
「君が幸福な家族に迎え入れられることを祈ってるよ」
と言い残した。
その優しい一言はぼくを相当不安にさせたけど、ぼくが選ばれなかったのは、ぼくには他の子と違って、ちょっと愛嬌が足りないからじゃないか、・・・。
でも、気にするな、と犬屋敷の主人はぼくを慰め続けてくれた。シンプソン、お前は、ここにずっといてもいいんだよ・・・。



なので、はじめて、髪の毛の長い外国人のムッシュがやってきた時、もちろん、ぼくには今度こそ、というほのかな期待はあったのだが・・・。
最後の兄弟が幸せそうに園を去る時の、その後ろ姿を自分に重ねて、自分の未来をほのかに想像もしていた・・・。
ほかの犬たちに交じって、去っていく兄弟をいつまでもじっと見つめていたぼく、でも、ぼくは自分の将来に期待などできなかったし、まだどうしていいのかわからなかった。
ぼくは不器用だし、そうだ、ぼくは自分の性格をよくわかっている。
兄姉たちはみんな愛嬌があったし、愛想もよかった。かわいかったし、ハンサムで、或いは美人だった。
ぼくは無口で、引っ込み思案で、目立たないミニチュアダックスフンドだから、もしかすると誰もぼくを引き受けてくれないかもしれない、となんとなく、諦めかけていた。
それでも、この犬の園のご主人はぼくに優しい笑顔でこう言ってもくれた。
「お前はここにいてもいいんだよ。もう何も気にすることはない。だから、うちの家内が、お前の名前を決めてしまったよ。そうだ、お前はシンプソンだ」
どういうことかというと、引き取る人が名前を自分でつけたいから、普通は、ぎりぎりまで名前がない。
でも、ぼくは時間切れになってしまい、ご主人の奥さんが、お役所に、シンプソン・ロワ・ドゥ・ベルジュラックという名前を申請してしまったんだ。
それはそれでとっても嬉しいことだったけれど、少し前にこの髪の長いムッシュがやってきて、驚くべきことに、ぼくを育てたいと申し出てくれた。
え? ぼく? パリに行くの? この人の家族になるの? それ、本当なの?



俄かに信じられないことであった。
ぼくは毎日、待ってる間、自分にこの期待と不安をぶつけながら、過ごしてきた。
そもそも、この人がどういう人かわからないし、この長髪の紳士にどういう家族がいるのかわからない。
パリというところがどういう場所かもわからない。
犬屋敷のご主人は、とてつもなく大きな街だ、と言っていたけど、周囲に家さえない、こんな広々とした土地で生まれたぼくには、まったく、想像のできない世界でもあった。

でも、今日、犬屋敷のご主人は、
「登録の名前の変更はできませんが、でも、そっちをセカンドネームにして、あなたがご自身でファーストネームを決めても構いませんよ。ご自宅でどう呼ぶかは、親の自由だからです」
と髪の毛の長いムッシュに説明していた。
どうやら、ここから一万キロも離れた日本という国からやってきた人なんだそうだ・・・。
「シンプソン。お前、すごいな。いつか、飛行機に乗って、日本に行けるかもしれないんだ。飛行機だ、空を飛ぶんだ。この辺で日本に行ったことのある犬なんかいない。お前がはじめて、うちで生まれた子の中で、日本に行けるかもしれないんだぞ。すごいじゃないか」
とぼくの頭をなでながら、言ったんだ。
そんなこと言われても、ぼく、どうしていいのか、わからなかったから、ちらちらと、そのムッシュの顔を見ることしかできなかった・・・。
ぼくは、ほら、シャイだから、目が合う度、つい、目を反らしてしまった。
そういうところがダメなんだと思う・・・。
この人、優しいのかな、どうなんだろう。日本人か、日本人って、どんな人たちなんだろう・・・。
「ところで、名前は決めているんですか?」
とご主人がムッシュに訊いた。
そしたら、そのムッシュがぼくに向かって、
「もちろんですよ」
と言った。それから、しゃがんで、今度はぼくに向かって言ったんだ。
「サンシロー。お前は今日から、ツジサシローだよ」

吾輩は犬だけれど、名前がもうある。
この髪の毛の長い日本人のムッシュに、辻三四郎という名前を授けられたのであった。

つづく。

三四郎日記「吾輩は犬である。名前はもうある。第1話」



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三四郎

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2021年9月24日生まれ。ミニチュアダックスフント♂。ど田舎からパリの辻家にやってきた。趣味はボール遊び。車に乗るのがちょっと苦手。