PANORAMA STORIES

宝宝(バオバオ)の国から ―中国・江蘇省滞在記 Posted on 2023/05/22 岸 志帆莉 文筆業、大学研究員 中国・江蘇省

 
「子ども、二人いるのね!」
「両方とも男の子? 大変だね。お母さん頑張ってる」
この街では、通りを歩いているだけでいろんな人から話しかけられる。

中国・江蘇省。チベットから流れる長江がはるか東シナ海へと注ぐこの地域に、この春家族で引っ越してきた。
4歳と1歳の子どもたちを連れて、しばらくここで暮らすことになった。
 

宝宝(バオバオ)の国から ―中国・江蘇省滞在記



 
飛行機の窓からはじめて見る中国大陸は黄色くて、黄海もその名のとおり黄色かった。
そのなかで街中の屋根や看板の赤色がひときわ映えて、まるで中国の国旗を連想させた。
大地はうっすらと色づいた空気の層で覆われていて、どこか謎めいていて、なんだかとんでもないところに来てしまったかもしれない、と感じたのが第一印象だった。
 

宝宝(バオバオ)の国から ―中国・江蘇省滞在記

地球カレッジ



 
ひとたび空港に降り立つと、とたんに漢字の渦に巻き込まれた。
中国なのだから当たり前だけど、視界に入ってくる文字はほぼすべて漢字。
こうやって漢字の羅列ばかりを見ていると、見慣れたはずの文字が意味を失って純粋な記号に見えてくる。
とても不思議な感覚だ。
普段ひらがなやカタカナと一緒に漢字を見ることに慣れているからか、脳が軽く混乱を起こしているように感じる。
 

宝宝(バオバオ)の国から ―中国・江蘇省滞在記



 
入国審査を経て空港の外に出た。
自分たちが暮らす予定の街へと車で移動する道中、また不思議な感覚にとらわれた。
視界に入ってくるものがいちいちちょっとずつ大きい。
たとえば民家は日本よりひとまわり大きいし、マンションも不夜城みたいにやたらと大きい。
高層ビルも乱立している。
長江は海みたいに広いし、浮かんでいるのも小型船ではなくコンテナ船などの大型船ばかり。
そのわりになぜか空は広く感じられて、起伏の少ないどっしりとした大地にそこはかとない「大陸感」を感じる。

耳に飛び込んでくる音もすべてが大音量だ。
街なかのクラクション、騒々しく行き交う車やバイク、商業施設のBGM、建設現場からの作業音、人々の話し声――。
まるでガリバー旅行記の巨人たちの国に迷い込んだかのような錯覚を抱く。
 

宝宝(バオバオ)の国から ―中国・江蘇省滞在記



 
最初の数週間はとにかくすべての物事に圧倒されていた。
新しい言葉、新しい食べもの、新しい空気の匂い――。
そんななか、時おりふっとひと息つける瞬間がある。
それは現地の人々の優しさに触れられたときだ。

中国では子どもに対して人々がとにかく優しい。
ベビーカーで段差を乗り越えようとすると誰かが必ず手を貸してくれるし、エレベーターやスロープの場所を教えてくれる人もいる。
街中で突然雨が降ったら傘を貸してくれる人や、ベビーカーが濡れないように移動を手伝ってくれる人もいた。
そして皆おせっかいなくらいに関わってきてくれる。
こちらが理解しているかどうかなんてお構いなしに、とにかくよく話しかけられる。
ベビーカーの上で子どもが靴下を脱いでいたら、「脱げてるよ」と指摘されることもしょっちゅうだ。
わざわざ靴下を履かせてくれる人までいる。
どうやら中国では体を冷やすことに厳しく、子どもが靴下を脱いでいると必ずといっていいほど指摘される。
でも我が家の一歳児は靴下を履かせたそばから脱いでしまうので、一日中指摘され続けることになってしまうのは少々やっかいだ。
 

宝宝(バオバオ)の国から ―中国・江蘇省滞在記

 
中国語で子どもは「宝宝(バオバオ)」や「宝貝(バオベイ)」と呼ばれる。
子どもがいかに大切にされているか、こんなところからも伝わってくる。
そんなここ宝宝(バオバオ)の国で、私たちはこれから新しい生活を紡いでいく。
14億人が暮らすこの大陸の片隅で、普段着のこの国を見つめながら、小さな発見をたくさん重ねていけたらと思う。
 

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Posted by 岸 志帆莉

岸 志帆莉

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東京生まれ。大学卒業後、出版社で働きながら大学院で教育を学ぶ。その後フランスに渡り、デジタル教育をテーマに研究。パリ大学教育工学修士。現在は大学オンライン化などをテーマに取材をしつつ、メディアにエッセイや短歌作品などを寄稿。2023年より中国・江蘇省に拠点を移す。