PANORAMA STORIES

バレンシアガの黒 Posted on 2017/05/09 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

バレンシアガの黒

© Musée Bourdelle

 
この春パリのモード界で注目を集めている「バレンシアガ〜黒の作品」の照明をさせていただきました。
会場となったブールデル美術館は、モンマルトルの近くにアトリエを構えて20世紀前半に活躍した彫刻家ブールデルの住居を改造したところです。
 

バレンシアガの黒

美術展の照明は、ただ当てればよい、というものではありません。
それぞれの展覧会の開催主旨、作品選びの視点、展示構成や空間デザインを踏まえた上で、それを光で表現しなければならないからです。もちろん、作品の見え方、見易さ、分かり易さは大前提の上でのこと。加えて、保存という観点から課せられる照度制限。色褪せや紫外線によって劣化しやすい紙や布でできたものは50ルックスという非常に低い明るさでしか光を当てることができないという決まりごとがあります。

今回の作品展で難しかったのは、なんといっても展覧会のタイトルともなっているテーマの「黒」をどう扱うかという点。装飾をそぎ落とし、フォルムやマチエールのみのモードを追求する過程で、黒を重点的に扱ったバレンシアガ。モード界に及ぼしたその影響は計り知れないものがあります。

スペイン語では、光沢のある黒を ”niger”、マットな黒を ”ater” と表現します。言うなれば、前者は、”ノーブルに輝く、ゴージャスな光の黒”。そして後者は、”暗く喪に服すような闇の黒” 。このことからも、バレンシアガのクリエイションの中にある「黒」のボキャブラリーが非常に広いことが分かります。バレンシアガは「黒」というフィールド上で、光と闇を操っていたのです。
ですから、黒いローブやコート、スーツなどの歴史的な作品が勢ぞろいした今回の展示は、見どころ満載で、意義深いものでした。
 

バレンシアガの黒

それにしたって、黒いドレスを黒い展示台の上に置いて、50ルックス以上当てるな、なんて、キュレーションのなんと理不尽なことか!
この構想を最初に伺った瞬間から「絶対よく見えませんよ!」と警告してはいましたが、キュレーターはピンとこない様子。展示の内容も準備中に紆余曲折して、ゴタゴタしているうちに、改革案が示されないままなし崩し式に展示準備が始まりました。

私としては、それなりに対策は立ててはいたものの、実際に現場でテストしてみると案の定、ドレスは浮き立って見えません。
照明デザイナーとしては、いくらキュレーターの展示構想に無理があると主張してみても、実際の上がりが悪ければ、やはりダメ。テストの日は、珍しくピンチでした。
 

バレンシアガの黒

でも、百聞は一見にしかず。テストを見て状況を理解したキュレーターは、展示の配置を変えたりして急遽対策を立ててくれました。
それでも、バレンシアガの本質を浮き立たせるには、まだまだ照明デザイン的工夫が必要。この時点では、そのレベルには到達できていません。さらに細心の注意を払いながら照明調整を進めることになります。

貴重なオートクチュールの作品一つ一つに合う光の色味、方向、フィルターなどによる補正などを考えつつ、スポットを当てて、美しさを引き立てていく作業は、来る日も来る日も美術館に通い詰め、試行錯誤を続け、悩み、やり直す・・・の連続。
一日中立ち仕事、上を向いて指示を大声で出すので、声も枯れてくるし、首も痛いし。照明デザイナーの仕事は、結構体力勝負なのです。
 

バレンシアガの黒

それでも、私が美術展の照明が好きなのは、私の光で作品を生かすも殺すもできるという、そんな密かな優越感と、作品が私の光に応えてくれて、自ら光を発しているような美しさを見せてくれる瞬間の驚きと喜びのため。

今回も、黒いビロードに散りばめられた黒いビーズが、煌きたった瞬間、バレンシアガのために開発されたガザル生地の張りを活用したカットが、立体感を持って浮き上がった瞬間、うっすらとしたピンクなどの差し色と黒総レースのコントラストが際立った瞬間などなど、数え切れない感動に出会うことができました。
 

バレンシアガの黒

Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

▷記事一覧

Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。