PANORAMA STORIES

八幡製鉄所とパリを結ぶ光 Posted on 2021/05/14 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

コロナにも負けず、緊急事態にもめげず、このゴールデンウィーク中、北九州では「未来創造芸術祭Art for SDGs」が開催されました。
東京などの美術館・博物館が閉館を余儀無くされる中、開催に踏み切った主催者は、強行とはいえ、勇敢だったと思います。
私が活動拠点とするフランスをはじめ欧州では、「芸術は疫病に負けてはならない」という意見が根強くあり、パリのような文化都市ほど、関係者も多いので、その声も大きい感じがします。
私も、紛いなりにも、美術館や文化催事の照明など文化関係のお仕事は多いですし、業界の知人・友人も多いので、他人事ではありません。
エネルギー危機や、パンデミックになると、すぐライトアップを消そうという日本の風潮には、強い違和感を覚えます。
海外を見れば昨年春のロックダウン以来、医療関係者への感謝や、みんなで頑張ろうというメッセージを光で表現する特別ライトアップを有名モニュメントで展開することが、世界的なムーブメントにさえなっているのに。
光が持つ「希望」という象徴性を、もっと認識していただきたいと、こういう時節だからこそ切に思う今日この頃です。
 



 
北九州といえば、日本の近代化・産業化を牽引した八幡製鉄所のあったところです(今も名前を変えて製鉄業が続いています)。
今回、私はアーティストとして、この歴史ある製鉄所の第一号高炉を光で演出する作品を出展しました。
依頼を頂いたのは昨年初め。コロナに日本が襲われる1ヶ月前のことでした。
あの頃は、1年4ヶ月後に、こんな大変な作品制作をすることになろうとは想像だにしませんでした。
 

八幡製鉄所とパリを結ぶ光



高さ70mの高炉は、鉄鉱石などを溶かして鉄の原材料を抽出する大きな釜で、現在は文化遺産となっています。
鉄を溶かす熱風を送る熱風炉や煙突などが横に並んだ圧巻の構築物です。
典型的な港湾工業地帯と呼ぶにふさわしい、平坦で広い土地にすっくりと聳えるその姿は、まさに「八幡の象徴」として、威厳さえ感じられます。
下見に行った時に触れた北九州の豊かな自然、国際色豊かな地域性、鉱業史の中での特別な位置付けは無論のこと、公害を克服した市民(それも八幡製鉄所職員の妻たち)のパワーの話には感激しました。
現在の環境保全への取り組みが評価されて、北九州市が持続的発展性を提唱するSDGsのモデル都市に制定されたことを請けて、このテーマを織り込んだ作品を展開する芸術祭の開催を決めたのだそうです。
私の光アート作品は、「ライト・クロス」。 「LIGHT X」と書きます。
技術や文化の交流を象徴する作品で、光とエネルギー問題や、テクノロジー、環境問題などさまざまなSDGsのテーマをクロスさせて掛け合わせることで、社会的なメッセージを光を通じて投げかけたいという試みです。
出展作家の中でまだまだマイノリティーの女性の私が制作したという点も、持続可能な目標のひとつ「ジェンダー平等」を体現しています。
 

八幡製鉄所とパリを結ぶ光

八幡製鉄所とパリを結ぶ光

さて、その作品ですが、5分間のスペクタクル形式になっていて、オリジナル・サウンドと最新技術を駆使した光の効果で、北九州の古代からの歴史、近代工業化の歩み、そして環境への取り組みを通して見つめる将来までを、光と音で表現するという趣向を考えました。
これまでローマのコロッセオや、パリのエッフェル塔でも展開してきた手法や技法ですが、クリエイションというものは、毎回髪をかきむしる思いをするものです。
今回も、とりとめないSDGsの中身の解釈などを巡って、結構悩みました。
SDGsを表現するアート作品って何? と。
結局、現地に行って私が一番感じたことを素直に、でもダイナミックに魅力的に表現しようと決めて、光のシナリオを書き終えました。
ライトアップの一部には、地産の水素電源も活用するという、環境にやさしいエコ・インスタレーションにすることも決まりました。
 

八幡製鉄所とパリを結ぶ光



ところが・・・
こうして産みの苦しみを乗り越えて、リモート会議で事前準備も重ねていたところ、なんと、私がコロナの「濃厚接触者」になってしまったのです!
スタッフの1人が、ご主人が陽性であることを知らずに出社して、私と接触。
結局本人もコロナに感染してしまい、高熱を出して嗅覚を失うという事態に陥ってしまったのでした。(おかげさまで大事には至らず、ご主人共々割と早く回復しました。)結局、私は何の症状もなく、テスト結果は陰性でしたが、フランスの決まりで自主隔離対象に。
帰国できなくなってしまったのです。
アーティストである私自身が調整現場に出向けないのに作品を創らなければいけないなんて、前代未聞のことです。
光アート作品の調整は現場で、目で見て確かめることが必須です。
みなさんもスマホで夜景の写真を撮る時、映像では色や明るさ、コントラストなどが、不自然に強調されたりする現象に気づいたことがおありだと思います。
その通りで、映像を通すと、どうしてもナマの光の様子は伝わりにくい。
これは照明デザイナーが完成した作品を写真や動画に収める時に、いつも直面する課題なのです。
そのことがわかっていたので、私は考えあぐねました。
どうしたら「リモート調整」ができるか? を。
 

八幡製鉄所とパリを結ぶ光

日本でいつもお仕事をご一緒している協力者のみなさんと相談を重ね、いくつかの技術を組み合わせる新しいやり方を打ち立てました。
名付けて「ウィズ・コロナ時代の照明調整術2.0」。
これも「テクノロジーを駆使して目標を達成しよう」とするSDGsの理念に叶うものとして、調整技術も作品の一部と位置付けて前向きに考えることにしました。
雨にたたられた仕込みの日、私は一日中パリにいながら、北九州のスタッフと心を一つにしながら、パソコンの前に座って、現場と生中継で繋がったライブストリームと、違う角度から撮って送られてくる映像、さらにインターネット電話で繋がったスタッフとの会話を続けながら調整指揮に挑みました。
後で考えれば、ゆっくり食卓で夕食を取れたはずなのに、イベント臨戦状態の心境にどっぷり浸かった私は、その気分になれず、ピザを宅って、現場弁当さながらに掻き込みながら、パソコンの前に座り続けました。調整が終わったのは、日本時間朝5時。「明るくなってきたので、もう照明効果がよく見えませーん」の現場からの一言で終了の合図となりました。
私は、といえば、まだ夜10時なのに、その夜も翌日も、徹夜後のような、まったりとした、それでいて、何かをやり遂げた時の満たされた充実感を感じ続けていました。
「ライブ・アドレナリン」はリモート調整していても分泌されるようです。
ネットのおかげで達成できた作品。新しい調整の試み。私のエスプリがパリと八幡の間をずっとテレポテーションし続けたような1日でした。
 

SDGsとは?


持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs(エスディージーズ)とは、持続可能な開発のために国連が定める国際目標で、17の世界的目標、169の達成基準などからなる。
2015年9月の国連総会で採択された『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』で示された2030年に向けた具体的行動指針で、貧困や飢餓の克服、男女平等、生涯学習の促進、持続可能な都市及び人間住居の実現、気候変動対策、海洋資源の保全、生態系の保護などを目標に掲げている。
日本でも企業などが多く賛同し、17色の環状ロゴのバッジをつけている人を見かけるようになっている。

八幡製鉄所とパリを結ぶ光

八幡製鉄所とパリを結ぶ光

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Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

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Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。