PANORAMA STORIES
パリ・ノートルダムの光 Posted on 2019/04/30 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ
パリはすっかり春爛漫な季節。そんな暖かな日差しとは裏腹に、先日のノートルダムの大惨事のせいで私の心は晴れません。
私がノートルダム大聖堂のライトアッププロジェクトに参加したのはミレニアムのお祝いに、照明を一新するという世紀の計画で、私にとってはもちろん忘れられない大仕事でした。幾晩も徹夜で行なった実験や調整、何度も資料を修正して粘った説得とプレゼン、それらの苦労が、2002年のクリスマスイブの点灯式ですべて報われて、心の底から晴れやかに、でも厳かになる不思議な経験をしたものです。(その細かい経験は拙著『光に魅せられた私の仕事〜ノートルダムライトアップ プロジェクト』(講談社)に記しています。)
ところで、早速再建計画が持ち上がっています。私もノートルダムに心を寄せるものの一人として、上記の著書の原稿料を寄付させていただきました。こんな微々たるものには比較にならないほどの巨額が寄せられ、すでに驚愕的な金額が集まっていることは日本の報道などでもご存知の通りと思います。フランスに住んでいて驚くのは、今回のその集金システム確立の速さです。翌日にはメールが各方面から回覧、スーパーで買い物すれば支払い直前に「寄付をしますか?Y/N」という質問がペイパルの画面に現れます。こうして塵も積もらせていくつもりのようです。こんな連帯感があるのなら、黄色いベスト運動の暴動も、定期的にフランスを悩ますストや移民問題も、全て解決するはずなのに・・・と思うフランス在住外国人は私だけでないでしょう。
それはそれとして、焼け落ちた尖塔を再建するかどうかの問題、またデザインを公募する方法についても、いろいろ意見が出ています。特に日本では「火事直前の姿に戻さない方がおかしい」といった論調が、よく見られるようです。
ただ、ノートルダムのライトアップをする際にいろいろ調べ、実際に現場に関わったり、尖塔を設計したヴィオレ・ル・デュクの展覧会の照明を数年前に手がけたりした者として、私はこうした工程は極めて歴史的に見て妥当なものだと考えています。
これまで、パリに限らず、フランスの大聖堂はいくつもの災害に合い、その度に修復されてきました。19世紀に「後付け」された尖塔の正当性(オーセンティシティー)を問う声は、歴史家の中にすでに強くありましたし、それを全く同じく建て直すべきかどうか議論があるのは当然だと思われます。
個人的にあの尖塔は、大好きでした。なぜならプロポーショナルに計算され尽くされた「理想のゴシック」が体現されていたからです。(モン・サン・ミシェルの完璧なプロポーションも、同じくヴィオレ・ル・デュクが19世紀に故意に完成されたものです。)
どんな結果になるにしても、これからのノートルダムの再生、ならぬ再成長を見守り、もし機会があれば、私ももう一度美しい夜景作りに尽力したいと思っています。その日が1日も早く来ることを願ってやみません。
Posted by 石井 リーサ 明理
石井 リーサ 明理
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照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。