PANORAMA STORIES
「ジャポニスム2018」エッフェル塔ライトアップ秘話 〜成功への切符〜 Posted on 2018/10/09 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ
「ジャポニスム2018」の主催者から何か光のイベントを、というご相談を頂いたのは早1年半ほど前のことでした。共同プロデューサーであった母で照明デザイナーの石井幹子と私は、これまでも日本と外国の周年事業を記念した大型イベントをいくつも手がけてきましたので、その関連で、お話をいただいたのです。こうした機会にこれまでも心がけてきたのは、日本に必ずしも興味のなかった外国の方や観光客にも「日本文化って素敵だな」と思って頂けるきっかけを作ること。そのためには、無料で、広く一般の方に見て頂ける、街の中心の目立つところを会場とする、という信念があります。今回もそれを踏襲してパリを見渡したところ、必然的に「やっぱエッフェル塔でしょ」という結論になり、検討を始めました。大まかな内容を決め、技術的な裏付けを取り、予算を組み・・・
そこで、昨年11月にエッフェル塔の持ち主であるパリ市(そう、あの塔は今パリ市の持ち物なんです)に使用許可申請のための説明に伺いました。もちろん、日本のしかるべき筋からの紹介や同伴もあっての「公式訪問」でした。先方はイベント担当の市長顧問や、エッフェル塔技術部長などが揃っています。
そこでとうとうとコンセプトの説明をしたのですが、なんと、そこまで顔を揃えておきながら、「エッフェル塔でのプロジェクション・マッピングは成功したことがないから、まず無理だろう。成功しないとわかっているイベントに、パリの大事なモニュメントは貸せない。」と言われてしまったのです!
曰く「エッフェル塔は穴だらけの構造物だから、映像を写してもはっきり見えるはずがなく、従って、プロジェクション・マッピングは言語道断である」という理論を振りかざして。
世界中の「理不尽プロジェクト」で鍛えられて来た私は、そんな一言ではメゲません。手を替え品を替え言葉を尽くしました。「穴だらけなことぐらいは、とうに確認済みだし、それでも映像が見えるようにできるノウハウも持っている。それに明るさだって、精密な照度計算の結果バッチリ見えるはずなのだから、なにをか言わんや!」の心境でした。
ところが「ノーの壁」は意外に厚く、過去の失敗例で懲りたために聞く耳持たない相手には、あの手この手の説得材料もまさに馬耳東風。百戦錬磨のつもりの私も説き伏せることができない状況に・・・珍しく言葉に窮する!
先入観がいかに人のものの見方や、思考の柔軟性を失わせることか!! それにしてもマッピングに失敗したヤツが恨めしい。結局、部分実験をして、実現可能性を証明してみせる、ということで折り合いがつき、実行は本番9月と同じ時間帯に日没になる3月と決まりました。
この実験、本番の10分の1程度の「部分的」なものでしたが、やって見たら「これだけで十分大イベント並みですね」と関係者に言われるほどの大掛かりなものになってしまいました。最新型大型ビデオプロジェクターを4台、それを設置するための台だけで、屋根までついたちょっとした小屋並み。色やパターンを自在に操作できるイベント照明業界でも世界最新器具を含めて50台以上。そして、今回のイベントのために特別開発中の、これも世界初金色LEDスポットの試作品を30台、これは日本からわざわざ運びました。ずらっと並んだ様子は、確かに「一大イベント並み」で、朝8時から始まった設置作業は、夜12時からの実験にやっと間に合うという大掛かりなものとなりました。まだ薄寒い季節なのに、エッフェル塔の足元には「今夜コンサートでもあるの?」と人が集まって来てしまう始末。人は虫と同じで、光るものが好き。ピカピカ光ものには自ずと寄って来てしまうものなのだ、と改めて実感したほどでした。
エッフェル塔の通常ライトアップ消灯を待って、いざ私たちの秘密兵器を点灯! 一つの画面にビデオプロジェクターを何台も重ねて写す「スタック」という技術を使います。持参した全ての4台を綺麗に重ね合わせて明るさを4倍にする技です。すると、なんと明るすぎて、世界一のスポットライトが暗く見えてしまうではないですか!! 結局1台減らして3台の明るさでプレゼンテーションすることに。集まったエッフェル塔関係者。あんなに「ノーノー」言っていたのに、百聞は一見にしかず。異口同音に「素晴らしい〜」「ブラボー」の大合唱となりました。
「それみろ! 言ったじゃん」と心の中でドヤ顔して踏ん反り返ってはみるものの、私も褒められて嬉しくないわけではなし、第一、この実験で、実は懸念していた課題をいくつか確認できることになったのだから、ありがたい機会を得たと感謝する気持ちも大きかった。何度言っても実験許可だけだって、なかなか取れない特別処置なのです。
課題となっていたのは、先にも触れた「穴だらけ構造物」対策。これにはすでに経験上、映像をゆっくり動かすことで、見る人の頭の中にできる残像を再構築して画像の全体像を認識する力を利用できることがわかっていたが、どのくらいの速さで動かすのが適切かを見極めることが必須でした。
もう一つは、あの茶色。エッフェル塔はご存知の通り、ココアパウダーのようなマットな薄茶色で塗装されています。映像の色によっては、その地色に映えないものもあるだろうと、いくつもの映像タイプを用意して試して見ることができたのです。
かくして、関係者全会一致の賛成により、9月の大イベント許可への切符を手にすることができ、また技術的にもどうすれば最短で効率よく、そして美しく成功という目的地に到達できるのかを確認することができたました。
まさに、エキスプレスの切符を手にした瞬間でした。
Posted by 石井 リーサ 明理
石井 リーサ 明理
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照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。