JINSEI STORIES
ホテルストーリーズ 「GRAND HOTEL ET DE MILANO」 Posted on 2016/10/28 辻 仁成 作家 パリ
ホテルと空港が大好きな私は、当然、旅好きということになる。毎月、飛行機に乗って、いくつかの国境を越えている。趣味が高じて、このようなWEBマガジンを創刊するに至った。
ここではいいホテルばかりを紹介するわけでもない。
情報を得て、泊まったホテルの中には、いいホテルもあるし、そうでもなかったホテルだってある。
でも、その中でも、何か私の琴線に触れたホテルを少しずつここでは紹介していきたい。
ミラノは毎年、一度は訪れるほど好きな街だが、プティホテルは意外と少ない。
ミラネーゼの気質的にパリ風のプティホテルはあわないのだろうか。
調べてもあまりいいプティホテルに出会えない。
そこで今回は老舗の格式あるホテルに宿泊することとなった。前回はブルガリホテルに宿泊し、その素晴らしいサービスとインテリアに魅了されたが、当然、料金にも驚かされた。
今回はそこまで高額ではなく、風情があり、交通の便のよいグランドホテル・エ・ドゥ・ミラノを選んでみた。
イタリアの友人の紹介だが、その男も宿泊したことはない。ようは、この男、私の感想を聞きたかったのである。
ホスピタリティは合格点。
でも、ホテルで働く人々は気さくで距離がない。
バンコクのマンダリンホテルのホスピタリティとは根本で異なる。
アメリカ資本系ホテルの堅苦しさはなく、好みは分かれるところだが、ミラノ人らしいこの感覚はいわば、このホテルの特徴というよりも、働いているミラネーゼの特質から来ている。
1863年創業という歴史が建物や室内のそこかしこに溢れている。設計はギャラリー・クリストフォリを設計したことで有名な建築家、アンドリュー・ピッザーラである。
当時、電報サービスをミラノで唯一取り扱っていたこのホテルには、世界中の外交官が宿泊し政治の舞台となった。スカラ座に近いこともあり、19世紀を代表する音楽家、ジョゼッぺ・ベルディもここの常連だ。歴史と対面できるものがそこかしこに溢れている。
ここに似たホテルは、改築前のパリの老舗リュテシアではないだろうか。
目を見張ったのは、修繕され未だに現役で使用されているスティグラー社製の油圧エレベーター、ロビー奥サロンに孤島のように突き出したバーカウンター、19世紀へ帰っていくような硬い木製の階段などである。
客室の天井は高く、シックな壁紙、アンティークの絵画や調度品で溢れ、モダンからはおよそかけ離れた大人びた佇まいである。隣接されたレストランも逃げ場としては素晴らしい。
誰にも会わずにコーナーの席で静かに時間と戯れることができた。
宿泊しなくとも、バーやレストランにちょっと足を運んで、ミラノの歴史に耳を傾けるのもよい。私はバーのカウンターで気さくなギャルソンと雑談しながら飲んだグラッパが忘れられない。
ベッドの硬さも悪くない。高い天井は落ち着く。
うとうと眠りかけていると、どこからかジョゼッぺ・ヴェルディのオペラが聞こえてきた。
酔ったせいかもしれないし、オペラファンの客人が自分の部屋で聞いていたのかもしれない。
もちろん、それはヴェルディの代表作、「オテロ」であった。
深い眠りはそのホテルとの相性を物語っている。
Photography by Hitonari Tsuji