JINSEI STORIES
滞仏日記「もう限界です、とマクロン大統領に訴えたハイジの手紙を読みほどく」 Posted on 2021/01/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ぼくは、毎日、うっすらと絶望しているのだが、実はそれを息子の前では隠している。
たぶん、日本の皆さんも、世界各地で暮らしている日本人の皆さんも一緒であろう。
しかし、ぼくも言わせて貰いたい。「もうこんな生活は嫌だ」と。
でも、こんな年配の男が弱音を吐いたら、若い人達が驚くだろうし、申しわけないから、ぼくはじっと我慢しているし、息子にも「未来はある」と言い続けているのだけど、…。
ロックダウンしかないのはわかる。しかし、少しずつ、人間性が奪われていく。
今日もフランスは18時から明日の朝6時まで外出できないのだ。
ぼくは従うけど、従うしかないのだけど、いったい、いつまでこの制限が続くのだろう、と声を張り上げたくなるのも確か…。難しい問題である…。
この星はどこも厳しい状態になってしまった。
3月に書いた僕の日記を読み返したら、「コロナのせいで、間違いなく世界の価値観が変わる」と予想していたので、今日現在の自分は、それを読み返しながら、驚いてしまった。
なんで、そういうことを言うんだ、辻のバカめ、と思った。
今、フランスでは一人の大学生、ハイジ・スーポルさんが書いたマクロン大統領へあてた手紙が話題になっている。
パリ最新情報で先に全文の翻訳とマクロン大統領の返信の全文翻訳をできるだけ忠実にアップさせてもらった。
その記事はこちらから⬇️
https://www.designstoriesinc.com/europe/lettre-heiji/
そこには、この世界が抱える現実と不条理がすべて内在されている。
政府はどうしても感染を抑えたい。
でも、人々は、学生や飲食店経営者や子供たちの親やぼくや息子や世界中の人々はみんな、元の日常を返してほしい、と訴えている。
各国政府の気持ちになれば、不意にこんな感染症が起こって、初めての経験だから、どうしていいのかわからない。
最善を尽くして、企業が開発したワクチンを購入して、世界中の人に接種してもらい、集団免疫を作るしか、手はないのである。
各国政府は、様々な制限を出して対抗しているが、コロナの感染力、破壊力の前ではどうすることもできない。
みんな、家から出ないでじっと我慢するかしかないのだ。
希望的観測を上回って、感染力の強い変異株のウイルスがどんどん出てきて、人類も負けずにワクチンを作って一つ一つ変異株をつぶしていく、…の繰り返し?
戦争と同じで、市民生活はめちゃくちゃになっている。
価値観は完全に変わってしまった、あるいは、変わりつつある、…。
で、ハイジさんはこういう手紙を大統領に送り付けた。
若く行動的なマクロン大統領はこの手紙に即座に長文の返事を認め返したが、ハイジは、もちろん自分の声が大統領に届いたことには理解を示しつつも、その内容には納得できていない様子…。
冒頭の、「自分が死んでいるような気がしています」は本当に衝撃的な一文だし、これはいまこの世界で生きる多くの人が思っていることと、重なる。
そして、次の一節「私は勉強をしなければならない。家で、勉強だけしていればいいんですよね? それが今、私に与えれる全て。ただ一つ私に許されたアクティビティなのです」は、この「勉強」という単語を「家事」でも「仕事」でも「生活」でもいいので、あてはめてもらいたい。
そして、こう続くのだ。
「大統領、本当のところ、私にはもう夢がないのです。私の気持ちが下がっていくのと同じくらいのペースで、私の計画は次々と崩れていきます。最初は面白かった、最初は新しいことだと受け入れることができました。だけど、こんなに長く続くはずではなかった。学校に行けないという状況が2学期目にまで延び、友情も崩壊していく中、それでも連帯してこの苦境を乗り越えようと努力しました…。だけど、もう限界です」
これも、ある意味、一緒だ。
みんな、もう限界なのだ。
ぼくも最初はこの世界で起こった出来事に対し、人類はいつか乗り越えられる、と思っていた。
辛抱したら、半年とか、少なくとも一年で乗り越えられると思っていたが、正直に言えば、これはなかなか簡単ではないし、終わらない、ウイルスはきっと消えない、…。
我慢しかないし、頑張るしかないけれど、でも、みんなもう、疲れ果てている。
そして、ハイジは大統領にくってかかる。
「大統領、あなたはこの国を弱体化させ、亀裂をつくり、見捨てています。数日前、リヨンに住む学生が4階から身を投げました。それは世界的なパンデミックの中で起きた、単なる二次被害として流される一ニュースでしかないでしょう」
日本も自殺者が増えていると聞くが、フランスは若い人たちの自死の行動が社会問題になりつつある。
真実は隠蔽されてはいないけれど、もっと現実的な問題の前で、その話題は水面下に潜り込み、なかなか浮かんでこない…。
でも、マクロン大統領は、すぐに長文の手紙を認め、ハイジに送った。
ぼくは、大統領はこの手紙をほぼ自分で書いたと思っている。
マクロンさんの肩を持つと我慢を強いられている友人たちに文句を言われるかもしれないが、じゃあ、どんな政治家がこの問題を解決できるというのか?
いや、やり方はあるだろう。
それを解決しなければならないのが政府の仕事なのだから…。
実際、封じ込めに成功しつつある国もある、…。
ただ、地球規模で見るならば、第二次大戦もあれだけの被害と時間がかかってやっと終わった。
この感染症との戦いは第二次大戦に負けないくらいに不条理で、時間が必要な戦いかもしれない。
激戦は続いている。
少なくともドイツもフランスもイタリアも欧州の各国政府はミスもやるが、全力でウイルスと戦っている。
自分の声で必死で国民に訴えているし、懇願している。でも、試行錯誤も続いている。
コロナウイルスは間違いなく、ただのウイルスじゃなく、人類を分断させるための悪魔なのである。
このことをぼくは昨年、3月、すでにこの日記で書いた。
だから気を付けて行動をしてきたし、ぼくは耐えるつもりだった。
でも、人間性を発揮できない今、ぼくはハイジと同じ気持ちの自分がいることに気が付いてしまった。
ハイジさんの言葉は、彼女だけの言葉じゃない。
19歳の若者の言葉だが、90歳の老人にも当てはめることができる。
解決策は、今は、ない。
人類にとって、選択肢がなくなりつつある。
感染を恐れないで死ぬことも覚悟して日常を生きるか、それとも、力を合わせて今まで以上の制限の中でがんばるか、…。
「生きる死に人」と自称する19歳の大学生、ハイジ・スーポルさんの心の叫びをまだ読んでいない方に、読んでもらいたい。それは今、世界中の人々の、どこへ向けていいのかわからないでいる、真実の声でもある。
※テレビのインタビューに応じるハイジさん
大統領、
私は今、19歳。自分が死んでいるような気がしています。
でも、今日のストラスブールは雪が降っていて、きれいな雪のカケラが空を舞っています。
私はそれを暖かいアパートの中から見ているのですが、なんの感情も湧いてきません。
雪は、茶色い髪に白いドレスを纏わせたり、子供たちの舌の上に落ちたり、不意に通行人のコートに投げつけられたりする時、私たちを魅了します。私はその光景を懐かしみ、微笑むのですが、ただ、私には外に出かける理由がないのです。
私は勉強をしなければならない。家で、勉強だけしていればいいんですよね?
それが今、私に与えれる全て。ただ一つ私に許されたアクティビティなのです。
私は19歳で、私が授業を受ける部屋は私の部屋でもあります。
私が憩う場所であり、電話をしたり、映画を見たり、時には料理をしたりする場所でもあるのです。
学校も、プライベートも、全てが私の頭の中で一緒くたになっています。
大講堂で1日を過ごし、疲れて家に帰りくつろぐ生活はもはやあり得ない。
授業は私の部屋でのみ行われ、私の部屋は授業のためのものとなっています。
大統領、本当のところ、私にはもう夢がないのです。私の気持ちが下がっていくのと同じくらいのペースで、私の計画は次々と崩れていきます。
最初は面白かった、最初は新しいことだと受け入れることができました。だけど、こんなに長く続くはずではなかった。
学校に行けないという状況が2学期目にまで延び、友情も崩壊していく中、それでも連帯してこの苦境を乗り越えようと努力しました・・・だけど、もう限界です。
楽しいことは何もありません。こんな状況だから、と相対的に考えようとしますが、それは少しの間しか続かない。
私たちは機械ではありません。与えられた事だけして文句は言うなと言われても、無理なのです。
勉強は好きだけど、正直、停滞していてます。生産性なんてことは何年も先の話だし、自分を取り戻そうとしているけれど、日に日に悪化していくばかりです。
パソコンの前で泣くこともあります。私の人生に意味はなく、私の未来は塞がれています。
政府の新しい措置が私を打ちのめす前に、自分を守るため、希望を殺すため、未来の自分を見ないようにしています。
19歳で希望も展望もないとしたら、あとは何が残されているのでしょうか?
私には抜け出すことのできない「不確かさ」がつき纏い、薬では解けることのないほど雁字搦めになった頭の中しかありません。
もちろん、自分だけではないのはわかっているし、自分はまだ上手くやっている人たちの一人だと思っています。
多くの仲間が学校を中退し、自尊心を失い、苦しんでいます。
このように苦しむ若者たちがこの国の未来なのです。
大統領、あなたはこの国を弱体化させ、亀裂をつくり、見捨てています。
数日前、リヨンに住む学生が4階から身を投げました。それは世界的なパンデミックの中で起きた、単なる二次被害として流される一ニュースでしかないでしょう。
しかし、近く行われる演説で我々学生についての言及がなされず、代替案も見つけられず、せめて個別指導に戻すなど、誰も私たちに触れてくれなければ、あなた方は何百人もの学生がアスファルトに叩きつけられる姿を見ることになるでしょう。
ねえ、私たちだって存在してるのよ! あなたたちがそのことに気がつくために私たちが死ななきゃいけないの?
このパラドックスが殺人でなければ面白いのでしょうけれど。
ご心配なく、そんなに人は飛び降りないでしょう、だけど、私たちがこの陰鬱さに骨までしゃぶられてしまうことは確かです。
不況が深刻なのはよくわかっています。だけど、支えなければいけないのは経済だけではありません。
私たちはバーやナイトクラブの再開を求めているのではないのです。
私たちは単純に学校に行きたいだけ。ショッピングセンターは混雑していて、人が重なり合っているのに、私たちは授業に出ることができないと言うのですか? ハーフグループにしたり、予防措置をしっかりとっても授業ができないのですか?
これはどう考えても理解できません。受け入れられません。
私がここで言ったこと全てがあなたの心を揺さぶるものではないとしたら、あなたが無視しているその人々が有権者の一部であることを決して忘れないで下さい。
大統領、あなたの任務の困難さはよくわかります。だけど、今回だけは、私自身、そして私たちの主張をさせてください。
そして、私は連帯に対し、クソだと言わせてもらいます。私たちはもう十分、貢献しました。
さあ、私たちの人生の一部を返してください。
それでは。
生きる死に人 ハイジ・スーポル