JINSEI STORIES
父子旅日記「モスクの中って、どうなっているのだろう?」 Posted on 2022/06/07 辻 仁成 作家 パリ
モスクの中がどうなっているのか、イスラム教徒の方々がどのような礼拝(サラート)をしているのか、その信仰心の深さや人々の信仰への思いなど、東の果てに生きる我々日本人にはなかなか想像することが出来ません。
ISなどイスラム教を名乗る過激派の暴力のせいで、イスラム教の本質が歪められています。
何度かイスラム圏を旅行したことがありますが、彼らの信仰心の深さと人間愛に満ちた暮らしぶりに感銘を受けたことは一度や二度ではありません。
東北震災の時に、旅先で出会ったばかりのイスラム教の人から福島の人に手作りの鞄を届けてほしいと数十個の手縫いの鞄を託されたことがあり、私はそれを福島の幼稚園に届けました。
世界を分断したい一部の過激派のせいで、世界は悲しく切り裂かれつつあるように感じてなりません。
そんな折、モロッコのカサブランカにモロッコ王国で唯一、外国人に門を開いているモスクがあると知り、イスラム圏の人々の暮らしを知るチャンスだと、さっそく出かけてみることになるのです。
ハッサン2世モスクはモロッコ最大の都市(人口500万人超)カサブランカにある、モロッコでもっとも大きなモスクです。
大きさだけで言えば世界で3番目。前国王ハッサン2世(1999年に崩御)の発案 で、1986年から1993年にかけて、わずか8年という短い歳月で建立されました。 毎日24時間休みなく工事は続いたということです。
高さ200mのミナレット(尖塔)が聳え立ち、威風堂々とした佇まいには威厳が漲っています。2万5000人もの信者を収容でき、敷地全てを合わせると一度に8万人が礼拝できる広さ。
モロッコ全土から3500人もの職人を集め、伝統的な建築工法と最新のテクノロジーを駆使し、緻密な装飾を施してあります。全てが税金と寄付金で賄われています。
言語別に通訳兼案内人がグループを引率し、モスク内をガイドします。残念ながら日本語でのガイドはありません。英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語のみ。私はフランス語の班に参加しました。料金は120DH(約1200円)です。
モスク内に入った途端、外とは違う独特の空気感に圧倒されました。
宗教施設ですから当然なのでしょうが、清澄な空域が広がっています。天井は瞬時に大きく開閉することが可能で、礼拝堂が空とすぐに繋がる仕組み。
その屋上には神聖な3つの珠が設置されているのだとか。残念ながら珠を拝むことは出来ませんでしたが、この3つの珠はメッカとメディナとエルサレムという3大聖地を表わしながら、同時に人が生きるために必要なパンの材料、水 、塩、小麦粉を意味しています。
天上の3つの珠はイスラム教徒にとって大事なものの象徴なのでしょう。
さらに礼拝堂の天井にはイスラムの複雑な模様が張り巡らされていました。キリスト教におけるステンドグラスや天井画のようなものでしょうか? 幾何学模様がイスラムの世界観を見事に美しく表わしていました。
内部建築は、キリスト教のカテドラル(中央部分)、ユダヤ教のシナゴッグ(女性がお祈りをする場所)の様式が取り入れられているとガイドの男性が説明をしました。
異宗教が共存出来る平和な世界であってほしい、というハッサン2世の想いが込められているのだとか。異宗教の共存、最初は驚きましたが、もともと、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は長い歴史における繋がりがあります。信仰している神は同じなのです。
ユダヤ教は紀元前2000年頃に、紀元後キリスト教が、そしてイスラム教は紀元700年頃からはじまっています。
モロッコのモスクはイスラム教徒以外中に入ることはできませんが、このモスクは唯一、観光客の見学が許されています。
ハッサン2世の、広く世界にイスラム教を誤解なく広めたいという思いがあったのでしょう。
このモスクの中央には道があり、モスクの奥へと進みます。ガイドの男性がモスクの奥まで進み、聳える壁を見つめ「ここが一番大事な場所です」と厳かな声で言いました。
「この先にメッカがあるのです」
なるほど、と私は思いました。その瞬間、私の脳裏に、このモスクの中でメッカに向かって祈りを捧げる人々の姿が浮かびました。
一度、トルコでモスクの中を一瞬覗かせて頂いたことがありました。
そこは小さなモスクで、人々は跪いてメッカに向かって祈りを捧げていたのです。
地下には身体を清める場所がありました。
まずそこへ行き、汚れを落としてから神に祈りを捧げるのだそうです。
1時間ちょっとの旅でしたが、モスクの外に出た時、モロッコの光りが僅かに違って見えました。ここに立ち寄るだけでも意味のある場所だと思います。
戦争やテロのない世界を願ってやみません。
信仰を持たない私ですが、神はいるような気がします。それは祈る人々の心の中に。
初投稿、2017年5月