JINSEI STORIES
再会。クレモンティーヌ Posted on 2018/02/26 辻 仁成 作家 パリ
ある日、クレモンティーヌのライブにゲスト出演してほしい、という依頼が舞い込んだ。「Tous deux tout doux 二人でゆっくり」という音源が添えられてあった。素敵なメロディの軽快なナンバーだが、男性コーラスの声に聞き覚えがある。なんと20数年前にクレモンティーヌのために私が作曲した曲であった。
「すっかり忘れていたよ」とステージ上で告白すると、クレモンティーヌも「私も本当にこの曲の存在を忘れていたの。びっくり」と返事が戻ってきた。調べてみると、今も、ネット販売されている。
クレモンティーヌの魅力はあの囁くような歌い声であろう。
20数年ぶりに再会を果たした彼女は驚くべきことに当時とその雰囲気や体形も声もなんら変わっていなかった。会っていない間に、バカボンの主題歌が日本で大ヒット。日本におけるシャンソン歌手の確固たる地位を築いていた。一方、フランスの友人にクレモンティーヌのことを問うと、必ずかえってくるのが「ああ、日本で大人気の歌手だね」という言葉。この言葉にクレモンティーヌはきっとずっと傷ついてきたのじゃないか。逆を言えば、彼女を発見したのは日本人なのである。
去年のモントルージャズフェスティバルに出演し喝采を浴びたクレモンティーヌ。そんな彼女をずっと愛し続けたのは日本のシャンソンファンだということは誇らしい。
舞台の上のクレモンティーヌは堂々としているし、とってもチャーミングだった。歌声は優しく心に染み入ってくる。そしてどこもかしこもパリの空気そのままだ。
私はブルーノート東京の楽屋でクレモンティーヌにいくつかの質問をぶつけてみた。
辻 ねぇ、久しぶりの日本でのライブの感想は? 今回のライブで一番歌いたかった曲を教えて? あたながアンコールで歌ったマイ・ウェイに心が揺さぶられましたよ。
クレモンティーヌ 今回辻さんが出てくださるということで、「二人でゆっくり〜Tous deux, tout doux〜」を歌うのが一番楽しみでした。この曲は 亡くなった母と最後に書いた歌詞。ドミニク・ブラン=フランカール(フランス屈指のヒットメーカー。サウンドエンジニア&プロデューサーで、カーラ・ブルーニ、フランスワーズ・アルディ、アダモ、デヴィッド・ボウイ、ピンク・フロイド、エルトン・ジョン他多数を手がける)のスタジオでレコーディングしたことや、亡くなった父や母のことを思い出しながら準備したの。
辻 あなたが目指してる音楽の世界とは? あなたが続けてきた活動の先にあるものを教えてよ。
クレモンティーヌ ずっとマイペースで活動してきたし、これからもそうなのでしょうね。大切なのは、死ぬまで歌っていく、ということ。
辻 あなたが今一番情熱を注いでいる人、もの、出来事を知りたい。
クレモンティーヌ 下の子、ディエゴが18歳になって、子供たちはもうすぐ巣立っていくので、一緒に過ごす瞬間瞬間を大切にしています。あとは犬のジョゼフ。彼がいることによって、無条件でそばにいて欲しいものを知ることができたし、犬の寿命は短いので、一緒にいる時間を大事にしたい。あとは、フランスの音楽マーケットでももう一度頑張ってみようと思って、かれこれ1年アルバム制作をしているの。今まで活動して来たジャズマーケットではないところで活動したいと思っているんです。
クレモンティーヌの佇まいはまさにパリジェンヌをそのまま彷彿とさせる。これは疑いようがない。
そういえば、20数年前、私はパリ6区の彼女のアパルトマンに遊びに行ったことがある。にぎやかなサンジェルマン・デ・プレのど真ん中、一歩建物の中に入ると喧噪が消える静かな空域にひっそりと佇むアパルトマン。パリらしい物件であった。家族に囲まれて幸せそうに生きていた。残念なことに、当時、私はフランス語を一言も話すことができなかった。そのあと、リュクサンブール界隈のカフェでお茶をしたのだけど、二言三言英語で話をした程度であった。
しかし、今回、私たちはフランス語でたくさん話をした。はじめてこんなに話をしたというのに、クレモンティーヌはまるでそれが当たり前のような顔をしていた。なぜ?
「ねぇ、なぜ、君はこんなに日本で活動しているのに日本語を話せないの?」
私がそう告げるとクレモンティーヌは笑っていた。パリで暮らしているのだから仕方がない。じゃあ、どうやってお客さんと対話をしているのだろうと、ライブをのぞいてみると、なんと画用紙に書かれた日本語を客席に見せていた。これを20年も続けてきたの? これはいったいなんというコミュニケーション方法? しかし、なんともチャーミングな人だ。音楽が言葉だから、と彼女はさりげなくつぶやく。まさに、その通り。観客はクレモンティーヌの歌声に引き寄せられていた。多くを語る必要なんかない。そこには彼女の歌声がある。そこに私たちはパリを重ねあわせる。そして、私は今、パリで生きている。もう15年も暮らしているのだ。
辻 日本のファンにメッセージある? なんか言いたいことあるでしょ? ぼくが伝えておくよ。
クレモンティーヌ また来年もコンサートで日本に来るので、また皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。今年は日仏友好160周年でいろんなイベントを企画中なので、是非来てくださいね!
この人の最新アルバム「カフェ ド ポップ」の中に彼女の今現在の姿が濃縮されている。鳴りやまない拍手喝采の中で、楽屋へと向かうブルーノート東京の廊下で、クレモンティーヌが私を振り返り言った。「辻、あなたのラップ? 詩のインプロビゼーション、素敵だった。とっても今日は刺激的で楽しい夜だったわ。ありがとう。また会いましょう」
2018年2月14日発売 発売元:Anchor Records 定価:¥2,190(税抜)+TAX 品番:UZCL-1032
それは何年後のことであろう。私はきっとまだパリで暮らしているに違いない。
Setlist : 24 Feb 2018 with tsuji
01. L’amour est bleu 恋は水色
02. Boogie back 今夜はブギーバック
03. Tout tout pour ma chérie シェリーに口づけ
04. Sans toi ma mie サントワマミー
05. Il est 7h du soir à Tokyo 東京は夜の7時
06. Ramu’s lovesong ラムのラブソング
07. Bakabon Medley バカボン・メドレー
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08. Tout deux tout doux / with tsuji
Jinsei Tsuji solo part
09. Padam
10. Summer time
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11. Un homme et une femme 男と女
12. Tokyo paris walk
13. Serenade Ginkgo いちょう並木のセレナーデ
14. C’est bon c’est bon セ・ボン・セ・ボン
15. A St Tropez サントロペで
Bis
16. Comme d’habitude マイ・ウェイ
17. Les Champs-Elysées シャンゼリゼ/ all