JINSEI STORIES
人生は後始末「鯛茶漬け」 Posted on 2017/07/26 辻 仁成 作家 パリ
今は夏のツアー真っ盛り中ですが、博多でのライブの折、母親と食事をする機会がありました。
天神に「吉田」という老舗の料理屋があります.
ここの鯛茶漬けが本当に美味しいのです。
一口食べた瞬間、おふくろに食べさせてやりたい、と思いました。
母は82歳。大きな手術を乗り越え、逞しく生きています。
思い返すと、この母だったからこそ、小生は頑張ってこれたのかもしれません。
若い頃の自分は、自立心が強く、野心のかたまりでした。
でも、何か大失敗をして戻ると、この母に見透かされ、励まされたものです。
九州の人ですからね、きっぷもいいんです。でも、優しい人です。
「そんなことで負けたらいかんよ」と母は言いました。
何か美味しいものを食べさせてやりたい、と思うようになりました。
生きている間、残り少ない時間ですが、お礼をしたいのです。
ならば、自分が食べて本当に美味しいと思ったものを食べさせたい。
気取ったものじゃなく、82歳のおばあちゃんが、うなるもの。
吉田の鯛茶漬けには作り手の人情と愛情が沁み込んでいます。
食べ終った時、真っ先に、母のことを思い浮かべたほどですから。
若い頃の自分、親への感謝が足りませんでした。
家を飛び出し、ほとんど寄り付かない愚息でした。
でも、時が経ち、自分も親になり、親の気持ちがわかるようになり、やっとわかったことがあります。
親を選ぶことはできませんね。同じように子を選ぶこともできないのでしょう。
親子というのはさまざまですが、この母で有難かった、と小生は思います。
その世話になった母に元気なうちに美味しいものを食べさせてやりたい。
これは愚かな息子の正直な今の気持ちです。
「は~、こげん美味しかものを、ほんとにありがたいこと、幸せなことです」
母はそう言いました。よかった、と心から思いました。
美味しそうに食べている母親を見ている自分・・・。ちょっと恥ずかしか、ですね(笑)。
けれども、美味しいものを食べている姿には仏様が宿っていると思います。
お茶漬けというものがこんなに美味しいものだったとは。この年になるまで気が付きませんでした。
吉田の鯛茶漬け。まさに幸せの味です。
今日の後始末。
「まずはそのまま鯛とご飯で。最後にお茶をかけてお召し上がりください」