JINSEI STORIES

人生は後始末「みんなで人生を渡る」 Posted on 2017/06/18 辻 仁成 作家 パリ

 
フランスで最初にびっくりしたこと。
老若男女問わずこちらでは歩行者が信号を完全に無視しています。
赤であろうが、車がびゅんびゅん通っていようが、横断していく人々。
赤信号で立ち止まっているのはドイツ人と日本人くらいです。
逆に、立ち止まっている人がいたらドイツ人か日本人だと思えばいい……。
日本人らしさを物語るとてもいいお話です(笑)。

フランスは自己責任の国ですから、こういうところは徹底しています。
しかし、幼い子供たちに対して、それではしめしがつかない。
だから警察官が幼稚園児や小学校の低学年を対象に歩行授業をやります。
歩行テストというのもあり、うちの子はよく落第点をもらっておりました。



人生は後始末「みんなで人生を渡る」

 
今日、横断歩道に大勢の幼稚園児が立っていました。
女性警官が引率しています。
すぐに「歩行授業」であることがわかりました。
信号無視をして渡るマナーの悪い大人たちを見せるためです。
なので、赤でしたが、小生は立ち止まり、信号が青になるのを待ちました。
マナーのいい大人だっていることを、伝えたかったのです。
青に変わったので颯爽と渡ると、女性警官に呼び止められました。

「あの、あなた、ちょっと」
「はい、なんでしょう?」
「今、赤で渡りましたね。いけないんですよ。交通違反です」
「は? いや、私はちゃんと青で渡りましたよ。あなた見てたでしょ?」

女性警官の周りにいる園児たちが小生を取り囲み睨みつけてきます。

「青になってから渡ってください」

女性警官の口元が僅かに微笑んだ気がしました。
たしかに、赤では渡らなかったけれど、赤から青に変わる瞬間だったかも…。
炎天下です。園児たちのためにも早く授業を終わらせたいのかな? 



「あ、そういえば、はい、赤で渡っちゃったかもしれません」
「ほら、赤で渡るのは交通違反です。きっぷを切ります」

そういうと女性警官は一番前にいる園児に合図を送りました。
園児は目をキリっとさせてチラシサイズの紙を小生に手渡したのです。
 
「私たちの命を救うリスト」と大きく書かれてあります。
裏面にはやっちゃいけないことがずらっと、

1、 道を渡る前に、左を見て右を見て、もう一回左を見ます。
2、 信号を守り、必ず歩道を歩きます。
3、 規則に従う姿勢は子供たちの見本となります。
4、 交通規則が私たちを守ります。愛する人を悲しませないために、みんな規則を守りましょう。

地球カレッジ

最後にサインをさせられました。
小生は園児からペンを受け取り、辻仁成、と右下にサインをしたのです。
なぜか猛烈に恥ずかしい経験でした。青で渡ったんだけどな……。
しかし、考えようによっては、
園児たちが赤信号の意味を知るよい経験に役立ったわけです。

「じゃあ、赤信号ではちゃんと止まってください」
女性警官は小生に念を押しました。
小生は園児たちに向かって「命を大事にします。規則を守りますね」
そう言い残してそこを離れることになりました。
24のつぶらな瞳が小生のことをじっと見上げておりました。

小生はきっと交差点を渡るたび、あの子たちを思い出すのでしょう。
この授業は、大人たちにこそ有効なプログラムなのかもしれませんね。
 

人生は後始末「みんなで人生を渡る」

 
今日の後始末。

「赤信号みんなで渡れば怖くない、は間違いです!」

自分流×帝京大学