JINSEI STORIES
ホテルストーリーズ 「サン・スーシ ウィーン」 Posted on 2016/12/13 辻 仁成 作家 パリ
まだオープンして3年の若いホテル。
なのに、不思議な統一感があって、へんな言い方だけど、性別とかの垣根がない、
誰かのイマジネーションの中で宿泊しているような、知的なホテルだった。
モダンなデザインのラウンジ兼フロントで働くレセプショニストたちは、たまたまだろうけど、全員男性で、
たまたまなんだろうけど、すっごく物腰が柔らかくて植物男子風、
もしかするといいところのお坊ちゃんなのか、みんなとてつもなくのんびりしていて、
これもたまたまだろうけど、なんか間違えた場所に来ちゃったかな、と思うほど、見つめられてしまった。笑。
内装は近代的で全体が白で統一されている。ベッドもバスタブも壁も真っ白。テレビがなかった。
でも、リモコンがあったのでボタンを押したら、巨大な鏡の中に不意に映像が出現した。
テレビを鏡の中に隠すというのが昨今の流行りだけど、でも、こんなに大きいとね、驚くな。
部屋にいる時は環境映像をずっと流していた。
海の絵。波の音。
ここはどこ?
旅の疲れをいやすためにサウナに行ったら、若い男女がスッポンポンで横になっていた。
右手に男性、左手に女性。パンツさえはいてない。
あとで知ったのだけど、オーストリアのサウナでは下着をつけないのが一般的なのだとか。それにしてもね・・・。
彼らの真ん中に座り、ガウンを脱ぐかどうか迷い、でも、やはりそこは日本人なんだね。
恥ずかしくて2分で飛び出してしまった。ちょっと後悔した。
とことん、付き合ってみたら短編が一つ書けたかもしれないのになぁ。
あの二人はあのあとどうなったのだろう?
あ、でも、いやらしい感じは一切ないよ。その、いやらしいのは僕だけ。笑。
どうやらスパが売りのホテルのようで、綺麗なプールがあって、サウナの周辺に2つ、3つラウンジがあって、
長椅子でみんな寛いでいて、いや、ここではさすがにスッポンポンではないのだけれど・・・。
でも、きっとたまたまなんだろうけど、男女、男男、女女、という感じの組み合わせだった。
若い人ばかり、声を潜めて会話をしている。
アジア人で、たった一人なのは僕だけで、なんとなく居場所がなかった。
でも、エレベーターの中で初老の夫婦と一緒になって、微笑みを向けられ安心をした。
どこから来たの? と英語で訊かれたので、パリですよ、と返したら、
まあ、アジア人に見えたけど、あなたフランス人なのねって、綺麗なフランス語が返って来た。笑。
彼らはこのホテルが好きでたまに泊まりに来るのだそうだ。
それにしても、オーストリア人はドイツ語人なんだけど結構みなさんフランス語がお上手。
フランス語ができることがこの国の人たちの何かちょっとした自慢のようなところがあるのかな。
ちなみに、サン・スーシとはフランス語で「心配しないで」という意味。
ホテルのあるノイバウ地区は小高い丘、まさに絵に描いたような素敵な好ロケーション。
近くにレオポルド美術館なんかもある。クリエイティブな人たちが集まる地区の1つだそうだ。
小道がたくさんあって、センスのいいブティックがひっそり灯りをともして営業している。
暮らしたいなあ、と思うほどに洗練されている。
小道から、さらに細い抜け道が分け入っており、好奇心を持って突き進むと、小さな広場や、児童公園なんかに出る。それがまた絵に描きたくなるような可愛らしい風景の連続で、思わず画家になりたくなってしまった。笑。
チェックアウトの時、サン・スーシ(心配しないで)と書かれたキャンディーを1つ貰ったよ。
Photography by Hitonari Tsuji