JINSEI STORIES
「フンデルトヴァッサーの曲線世界」 辻 仁成 Posted on 2022/06/17 辻 仁成 作家 パリ
あなたが大阪人であるならば舞洲にあるかなり奇妙な粗大ゴミ処理工場と下水汚泥集中処理センターをご存じであろう。まるで遊園地かおとぎの世界を再現したような不思議な、いや、異様な巨大建造物。
同じものがウィーン市にある。
やはりゴミ焼却施設であった。もちろん、ウィーン市の方が先に完成している。
このようなゴミ焼却施設建設には「市民にゴミ問題を意識させ、ゴミのない社会づくりへの啓発を促す」目的がある。子供たちが見学しても楽しんでゴミ問題を考えることが出来る。
この建造物の外装改築を手掛けたのはフンデルトヴァッサーというオーストリアの芸術家。
興味があったので、ウィーンにある彼のミュージアムに出かけてみた。
そこはもともと住宅で、人が暮らすために作られた建物であった。
フンデルトヴァッサーは曲線を愛し、直線を嫌った。自然の中に唯一存在していないものが直線だからだ。
社会や文化がこの存在しない直線に基づいていることが彼には非人間的に映った。
彼の作品は、絵画も、彫刻も、建築もすべてが曲線でなされている。
無機質な直線に比べ、曲線に植物の渦巻きのような生命力を感じていたようだ。
自然をこよなく愛する芸術家なのである。
フンデルトヴァッサーハウスという名の住宅が出来た時、「悪趣味だ」という批判が渦巻いた。
でも、それに反し、この新しいアパートには大勢の入居者が殺到した。
欧州の古都はどこも建築制限があり、新しい建物を建てにくい。
パリなんかは最たる例で市内中心部に高層ビルを建てることは出来ないし、文化財扱いのほとんどの建物は取り壊すことも出来ない。だからこそ、長いこと人々は直線的な窓枠を眺めて生きてきた。
この角張った窓枠を直線から解放することが自然を生活に取り戻す方法だとフンデルトヴァッサーは考えたのであろう。
好き嫌いがはっきりと分かれるこのような芸術家の存在は面白い。
この人の奥さんは日本人で、美しい人だった。どこかジョンとヨーコを思わせる。
なるほど、フンデルトヴァッサーは1967年に第三の皮膚の権利を求めて素っ裸でスピーチをしている。
なんとなく、クスっと笑いが起きてしまう彼の作品はどれもとってもユーモラスであった。
核心を突く彼の言葉がミュージアムの壁にぽつんと貼られてあった。
「もし、私たちが私たちの過去を敬わななければ、私たちは未来を無くします。もし、私たちが自分たちのルーツを破壊するなら、私たちは成長できません」
初投稿、2016年12月
Photography by Hitonari Tsuji