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滞仏日記「光り輝く古都の思い出」 Posted on 2018/12/18 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、フィレンツェに別れを告げてパリに戻って来た。昨夜はドゥオモに登った興奮を冷ますため、雨に煙るアルノー川周辺を散策した。佇まいとか雰囲気とかが京都の鴨川に似ている。ポンテ・ヴェッキオ橋が霞んで沈み込んでいく、なんて詩的な光景であろう。ため息があふれ出た。
 

滞仏日記「光り輝く古都の思い出」

滞仏日記「光り輝く古都の思い出」

 
風邪気味なくせに傘を持っていなかったことに気が付いた。雨脚が不意に強くなったのでホテルに戻ることにした。旧市街のクリスマスの飾り付けをした路地がまるで映画のセットのようであった。しかも信じられないことに誰もいないのだ。ああ、なんて美しいのだろう。フィレンツェはこれほど美しい街だったのだ。それにしてもみんなどこに消えたのだ? この輝く夜景をたった一人で独占しているだなんて、なんて贅沢でもったいない。
 

滞仏日記「光り輝く古都の思い出」

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イタリアの、ベネチアとかシエナとかボローニャとか、歴史ある古都はこの時期に旅をするのがおすすめだ。とくに雨のフィレンツェのなんとしっとりと美しいことか。ふと気配を感じたので振り返ると傘をさした人であった。地味なイルミネーションなんだけど、なんとも絵になる。そして壁の街灯一つとってもデザインが美しい。雨が顔を打つのにその街灯から目を背けることが出来ない。
 

滞仏日記「光り輝く古都の思い出」

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気が付けば、僕は迷子になっていた。でも、素敵な迷子であった。
 

滞仏日記「光り輝く古都の思い出」

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パリの空港に降り立つと快晴だった。家に戻ると日常が待っていた。ほっぽり出した仕事が山積みであった。ついでに洗濯物も山積みだった。パリはジレ・ジョーヌのせいで観光客が激減しているのだという。この時期はクリスマス商戦真っ只中だけど観光客が少ない。確かに空港も心なしか元気がなかった。タクシーの中から眺める市内も静かだった。そろそろ息子が学校から戻って来る時間だ。僕はフィレンツェで買いこんできた食材をリュックから取り出し、夕食の準備に入った。市場で買ったソーセージとかチーズとか、パスタにその他いろいろ・・・。今夜は息子に写真を見せながらフィレンツェを自慢することにしよう。光り輝く古都フィレンツェの思い出を。
 

滞仏日記「光り輝く古都の思い出」