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滞仏日記「マルシェ」 Posted on 2018/12/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は息子を学校に送り出した後、エッフェル塔の近くの、木曜と土曜日に立つマルシェ(市場)に出かけた。パリに移り住んでから一番よく通うマルシェなので精通しているし、知り合いがたくさんいる。実は僕がフランス語を覚えた学校みたいな場所。逆を言えば僕はここでフランス文化を習得してきたし、フランス人がどういうものを食べて、どういう食文化と食の歴史を持っているかを学んできた。パリは内陸にあるので魚の鮮度が東京に比べるとやや落ちるし、魚屋自体多くないので、新鮮な魚なんて驚くほどに高い。ブルターニュあたりからトラックで乗り付けるここの魚屋は鮮度もよく、びっくりするほどに安い。ここで買わないでどこで買う! 日本の子供たちは切り身を魚だと思っていると聞いてびっくりした。こっちは1メートルくらいする巨大魚がそのまま売られてたりする。ちなみに肉屋はもっと凄い。この時期はウサギとか雉とか鳩がずらり、まだ羽根とか毛とかたまに頭が付いた状態(肉? 死骸にしか見えないけれど)で並べられている。渡仏してすぐの頃はエグくて、グロくて、気持ち悪くて目をそらしていたが、最近は、美味そうだな、と思うようになった。
 

滞仏日記「マルシェ」

 
食文化がそもそも違うのでマルシェは本当に学校のようだ。イタリア人の店、中央アフリカ人の店、モロッコにレバノン、コロンビア人の店なんかもあり、料理好きな僕にとって市場はパラダイスのような場所。毎日の料理の献立をここで考えるのが何より楽しい。そもそも、食べることってその国の文化や歴史と密接に繋がってるわけだから、まずはその国の市場に出かけるべきであろう。外国を旅行する時は必ず庶民的な市場に真っ先に立ち寄る。モロッコのスーク(市場)はちょっと危険だけど、モロッコ人の歴史が一番わかる美味しい場所だ。ブタペストの市場はパプリカの宝庫だった。あんなにたくさんのパプリカを見たことはない。ああいう国だからグーラッシュ(牛肉のパプリカ煮込み料理)なんて美味いものが生まれるわけだ。話はそれたけれど、パリの市場は各地区にあって、パリ市が運営している。

前日、夕方くらいに巨大なトラックが乗り付け、屋台骨を一気に設置する。働いている人たちはアフリカ系の人たち(移民)が多い。手慣れたもので長い鉄パイプを肩にのせて担いで運び、専用の穴に一本一本差し込んでいく。柱が出来たら屋根の梁にあたるパイプをのせ、最後にテント布をかぶせて完成。翌朝、6時過ぎに各店舗のワゴン車が乗り付け、自分の契約してある場所に開店するという仕組みだ。8時くらいから人が集まりだし、だいたい午後の2時までには閉店する。その後、再びあの大男たちがトラックで乗り付けこの市場群を解体する。解体した後が凄い。今度はそこに清掃車と別の作業員たちがわんさかやって来て、放水しながら一気にそこをもとの綺麗な広場へと戻してしまう。おっと忘れていた。清掃車が来る前に海鳥たちが飛んできて捨てられた食材を漁る。ホームレスの人たちとそれを奪い合うという方が正しいかもしれない。そして、市場は2時間くらいで元の広場に戻ってしまう。この設置と解体がパリのあちこちで連日行われているのである。

今日は日曜日までの食材を買った。鮪、サーモン、鱈の背肉、塩鱈、鳥の胸肉、メルゲーズ、オングレ(牛肉)、大根、蕪、白菜、ネギ各種、野菜はいろいろ、パンやチョコレートケーキなど。今夜は寒いから鱈ちり鍋をやろうと思っている。鮪は新鮮だったので明日カルパッチョにでも。鳥胸肉はマスタード焼きにしてタリアテッレを付け合わせるか。オングレとサーモンはみそ漬けにしといてグリルにでもするか。メルゲーズは野菜と一緒に煮込んで息子の好物のクスクスかな。日々のメニューは食材の鮮度を見極めながら決める。食べたことのない食材に出会ったらその店の主人から作り方を習う。聞くは一時の恥というが、しかし、一生の財産になる。しかもフランス語の勉強にもなるのだから何を恥ずかしがる必要があるだろう。僕の得意料理に塩鱈のリエットがあるが、これはスペインの食材店の女将さんに作り方を教わった。僕は常連客だから、このマルシェでは結構愛されている方かもしれない。ローマからやって来た生ハム屋は毎度長蛇の列だが、そこの連中は僕の顔を見つけると、こっそり裏に回れと合図を送ってくる。そこでいろんなものを試食させてくれる。もちろん、順番を飛び越して売ってもくれる。グラッツェミーレ! 辻さんは料理が上手ですね、とよく言われるけど、それはすべて市場で習った。愛すべき市場の連中が僕の先生だ。彼らが帰りがけに「土曜日は店を閉めるかもしれない。お前も外に出るな」と教えてくれた。まだデモと暴動は続くのかもしれない。アリベデルチ。
 

滞仏日記「マルシェ」