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滞仏日記「欧州格安航空会社と渡り合う」 Posted on 2019/01/05 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、今日は小さな勝利があった。人生、負けずに生きていると時々思わぬ勝利がついてくる。リスボン旅行で利用した格安航空会社のA社から500ユーロの返金確定のメールが届いたのだ。オルリー空港11時発リスボン行きだったが、結局15時発となった。格安航空会社専用の陸の孤島のようなターミナルの、しかも売店も何も椅子さえも少ない待機室で待たされた乗客らは、一丸となって抗議をした。このことは去年暮れの日記に細かく書いたが、まるで捕虜収容所のような扱いであった。しかも、クリスマスが台無しになった。格安なのだからしょうがない、と諦めてはいけない。とことん自分が正しいと主張し続けなければ泣き寝入りすることになる。欧州の不条理に慣れるためには戦うしかない。フランスの電話会社F社も解約したとたん、「機械が返却されてない」と言い出したので抗議文とともに配達通知書を送り返したら「5年前のが戻ってない」と今更昔の契約時のことを言って来た。敵もさるものである。しかも400ユーロを引き落とすという脅し付き。あまりに腹が立ったのでオペラにあるオフィスまで乗り込み、声を大に「それなら前のを契約した5年前に返却要求をしなさい」と文句(興奮のあまり時々日本語になった)を言ったところ、今のところ引き落とされずに済んでいる。ごねないとどうにもならないのがここフランス、いや、欧州なのである。毎回なので、くたくたになる。外国からやって来た人たちは言葉が通じないことで根負けし泣き寝入りして国に帰っていくが、17年もここで暮らしていると言葉なんか多少喋れなくても関係ない。フランス語がダメなら英語、英語がダメなら携帯翻訳機能のフランス語だ。主張さえ通じれば、ネゴシエーションの国だから、これが意外に通じるのである。主張に筋が通っていれば、不意に門が開くことがある。そういう世界が欧州だと、少なくともフランスだと僕は理解している。同じようなことはベルギーでもあった。ある日、スピード違反の督促状がベルギーから届いた。しかし、僕は安全運転が命、法律順守が大好きなので、違反してない自信があった。グーグルマップで違反したと指摘された住所を調べたところそこは国境沿いの再開発地域で長年の工事現場であった。見晴らしが悪く、いたるところが片側車線になっている。速度を上げないと危険な場所でもあった。そこに探知機を仕掛けるベルギー警察はセコイ、と手紙を書いて送り付けてやったのだ。あれから2年経つがその後催促状はやって来ない。

そこでA社に抗議メールを送ろうと思ったが、勧誘する時にはどの会社も大きな立派な入り口だらけなのに、抗議を受け付ける入口だけが見当たらない。これは逆にその指摘を怖がっている証拠でもある。必ずネットに解決策が出ていると思いつき調べたところ、やはり、出てきた。
『飛行機の遅延補償としてEUは2004年以降、どの航空会社であろうと3時間以上の遅延に対し、遅延補償をすることが義務づけられている。(但し、EU内で離着陸する飛行機に対してのみこの義務が適応される)補償額はチケット代金が基準ではなく、飛行距離によって上限が定められている。飛行距離1500km以内の補償上限は250ユーロ/人。3500km以内は400ユーロ、3500km以上の場合は600ユーロのようである」
パリからリスボンまでは1300kmくらいだから、250ユーロは返ってくる可能性がある。僕はさっそく以下のような抗議メールを送り付けた。
『飛行機⚪︎⚪︎便は4時間も遅れ出発しました。私たちは出発ゲートの前で、ただ「遅れている」としか伝えられず、それから2時間もの間、正確な情報さえ教えられなかったのです。非常に悪いコンディションの中、待たされ続けました。もし、大勢の人が声をあげなければそのままずっと待つことになったでしょう。私たちは結局ペットボトルを一本与えられただけです。私たちの旅の一日目(しかもその日はクリスマス!)は台無しになりました。私たちはこの遅延の補償として一人250ユーロずつ請求させていただきます。どうぞご理解ください』
そして、今日、最高額返金が決定した知らせが届いた。半日潰れたのでお金で解決できる問題でもないが、自分に非がないことをきちんと伝えればそれに対してきちんと答えてくれるのが欧州でもある。と、ここまで書いたところで、再びA社から新たなメールが届いた。「今回の旅はいかがでしたか? 弊社をご利用になった感想をぜひトリップアドバイザーに送ってください」という内容で、その下に、星が五つ並んでいた。僕は吹きだしてしまった。さすがに欧州である。この程度のことでめげない格安飛行機会社も敵ながらあっぱれだ。もちろん、もう二度とA社の飛行機には乗らないとは思うが、面白い経験をさせてもらったことだけは記憶に残った。海外で暮らすということはこういうことの連続でもある。
 

滞仏日記「欧州格安航空会社と渡り合う」