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滞仏日記「クリスマス前のパリの憂鬱」 Posted on 2018/12/23 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、(個人的な)フランスの今年一年の2大ニュースはデモ暴動と日産・ルノー連合のクーデーター(?)であろうか。ジレ・ジョーヌ運動が経済や社会へ与えた影響は計り知れない。クリスマス目前のパリは例年に比べ圧倒的に人出が少なく経済の冷え込みは顕著だ。ゴーンさんの逮捕劇が続く日産・ルノーの両社の動きも気になる。ゴーン氏の再逮捕でその先行きがまた不透明になった。擁護していたフランス政府も最新のニュースでは水面下で後継者の絞り込みを始めているという。実はこの二つの事件、マクロン大統領を外して語ることが出来ない。ジレ・ジョーヌ運動はガソリン税から始まったデモだが、ここのところは大統領の辞任へとスローガンが移りつつある。そのマクロンさんは大統領になる前、日産とルノーとのアライヤンスに奔走した人物の一人であった。この二つが自動車に関わる問題を端を発していることも興味深い。当のジレ・ジョーヌたちは労働者の代表だからこちらは中産階級とは異なる意見を持っている。彼らはコストカッターとしてのゴーンさんに対してはどちらかというと日本の人々に近い感情を持っている。全く異なる二つの事件だけど、その構造は似ている。革命? とクーデター? 長引けば国や企業への悪い影響は避けられない。

個人的に一番気になっている欧州のニュースは英国のEU離脱が迫ってることと、英国が合意なき離脱に傾きつつあること。このままでいくと合意なきままでの離脱が起きそうな気配だが、その時に何が起こるのかあまりよく分かってない。EUに対しイギリスは特別扱いを要求しているが、当然EU側はこれを拒否。合意なきまま離脱になる公算が高いのだけど、3月末にその期日が迫っている。何が一番の問題かといえば、英国企業はもとより、英国に進出している世界中の企業がこれまで通りEUの恩恵を受けられなくなる。たとえば、現在、イギリスはEUの一員なのでEUの輸入品には通関手続きの必要も関税もかからない。だから部品がなくなっても、EU圏の他の国から即座に材料を輸入することが出来た。ところが合意出来ないと、いちいち手続きに物凄い手間と時間が必要となり、関税もかかる。一例として、ドーバー海峡を渡る船舶の積み荷に対して上記の検査が実行されたらどうなるのか。物凄い手続きをこなすための施設もなければ保管する場所も何もないのだ。英国に積み荷を上げられない船で海上はパニックになる。観光にも同じような影響が出る。ユーロスターは今でさえ搭乗までに長蛇の列だが、この通関手続きの問題でそれどころではなくなるだろう。いや、英国航空はそもそもすんなり離陸できるのだろうか。EUの滞在許可証を持っていればそれで済んだことが今後はそうはならない。これまでEUの恩恵を受けてきた企業は間違いなく混乱へと向かう。英国を去る企業も相当数に増えるだろう。3月、合意がなされなければ、(なされてもだけど)ポンドは急落を免れないだろう。今年、経済成長率でイギリスはフランスに抜かれてランクを落とした。来年はさらに下落もありうる。経済において、いや、現実に合意がなされなければイギリスは陸の孤島になる。どちらにしてもEUにとって英国は隣国であり、この影響はフランスにとっても対岸の火事ではすまされない。英仏はユーロスターで僅か2時間半で行き来出来てしまうのだから。英国と日本の関係を考えても分かる通り、この問題は英国に進出している日本企業もその例外ではない。英国の衰退は欧州の防衛という問題にも影を落とすだろう。3月末以降の欧州がどのようになってもおかしくないと僕は考えている。 

今日はオペラ界隈でジレ・ジョーヌがデモをやった。最初はヴェルサイユあたりでやるという情報もあったけど、蓋を開けてみると、結局、オペラに集結した。勇敢な友人が見物に行き、目の前で警察官に逮捕される女ジレ・ジョーヌを目撃した、と興奮気味にラインを送って来た。その人曰く、それでも全体的におとなしめになってきた、のだそうだ。さすがにクリスマス前だから、カトリックの国で暴動は世論感情的にも難しい。しかし、この暴動騒ぎで、パリは一番の稼ぎ時の季節を迎えながら、観光客の数はまばら。オペラ周辺のホテルの稼働率は半分程度、経済指数も下降した。年末年始、欧州は暗く混沌としている。しかし、僕が今一番悩んでいることはこれらのことではない。今日はクリスマスのイブイブだけど、イブもクリスマスも僕と息子には計画がない。僕らは二人きりで自宅でこの幸せそうな時期を過ごすことになる。それはそれでいいのだけど、僕もたまには羽根を伸ばしたい。混乱が起こる前に、EUの滞在許可証が通じるうちに、息子と二人で英国旅行でもしておくことにしようか。
 

滞仏日記「クリスマス前のパリの憂鬱」