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滞仏日記「田舎のアパルトマンに泥棒!? 監視カメラが作動しない」 Posted on 2021/07/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子がウイリアム君たちと旅立ち、不意に、拍子抜けした父ちゃん。
パリにいても、何もすることがないし、どうしようかな、とぐずぐずいていたら、田舎のアパルトマンの下の階のカイザー髭さんから、
「なんか、窓が開いているけど」
とSMSのメッセージが入った。ちょび髭がピンと上に跳ね上がっているので、カイザー髭さん、と名付けた紳士。たぶん、ぼくより一回りくらい年上だ。
「窓ですか? ちゃんと閉めて帰ったんですけど・・・」
「だよね。ぼくら一昨日からこっちに滞在しているのだけど、昼過ぎに下から見上げたら、左側の窓が半分が開いてるんんだよね。だから、変だな、と思って」
えええええ~、となった父ちゃん。

とりあえず、慌てて、監視カメラAとBを作動させてみたが、Aは画面が映ったが、Bは映らない。
とりあえず、Aカメから見る限り、泥棒らしき人影などは見えない。
音も聞けるので、スピーカーのボリュームを最大にしてみた。ガサ、ガサ、・・・。何かが動く音が聞こえる。いる、なんか、いるぞ・・・。
もしかすると、屋根の上にいるカモメたちが、例によって騒いでいるだけかもしれない。ガサガサいう音だけでは、なんとも判断が出来ない。
問題は、リビングルームとキッチンを監視するBカメが作動しない点である。なんで、だ?
開いていると指摘された窓は、その死角にある。おかしい。なんで、映らないのだろう。
仮に、泥棒だった場合、これは大変なことになる。
と言っても、金目のものは何もないのだ。まだ、家具らしい家具さえないのだから、・・・何を盗むというのだ?
しかし、もしも、海からの突風で窓が開いたのなら、このままほっとくわけにはいかない。
「これからそちらにチェックしに行きます」とカイザー髭さんにSMSを送ってから、とるものも取らず、ぼくは家を飛び出すことになる。
息子は今日から一週間は帰ってこないことになっている。
約一月ほど(3週間ちょっと)、行ってなかったので、ちょうどいいタイミングかもしれない。もしも、泥棒ならば、下にカイザー髭さんがいてくれた方が安心でもある・・・。
「いるよ、ぼくらは、いるから大丈夫。気を付けておいで」
と返事が戻ってきた。



ここのところ、ぼくの周辺でにわかに泥棒の話題が増えており、つい、最近も、ライターさんの知り合いご夫婦が、外出中に泥棒にあったのだ。息子さんが家に戻ったら、家中の家具やモノがひっくり返されていた。
絨毯は裏返され、本棚の本は全部ぶちまけられ、クッションは引き裂かれ、ベッドもマットの下にお金が隠してないか調べるためであろう、裏返っていた。
パソコンとか、高級バッグとか、金目のものはすべて持ち去られていたのだけど、ご夫婦が家を離れていたのはわずか3時間というのだから、いったいどのタイミングで・・・? 
別の知り合いはドアを爆破され、日中堂々と泥棒に入られている。
彼らの手口は巧妙で、工事中という張り紙とか、黄色いテープなどを張って、工事だと思わせ、人を近づけないようにしてから、堂々と火薬を使って、ドアの番の部分を爆破し、中に入っている。
盗んだものを袋に詰めて出てきた泥棒たちと、たまたま階段ですれ違った住人が、ボンジュール、と挨拶を交わしているというのだから、プロフェッショナル!

コロナ禍でパリを離れる人が急増し、・・・泥棒が増えている。ぼくの仲間たちはみんな、監視カメラを設置しはじめている。
ぼくは玄関に、日本で買った「監視中」と書かれたステッカー(漢字なんだけど。監視カメラの絵がついているからか、抑止力あり)を張っている。ここだけの話し、偽物である。
上の階のジェロームに、「これ、日本の最新式の泥棒避け装置かい?」と聞かれたこともあった。返答に困ったので、魔除けね、とごまかしておいた。
アレクサンドル君のお母さんのリサは、100ユーロ(13000円)の最新型を設置した。この監視カメラは、ドアの開閉をすべて報告する。玄関が開くたびに、携帯に通知が来るというのである。しかも、それが泥棒の場合、カメラに付帯するスピーカーから怒鳴ることもできるのだとか・・・。すごい。
今、まさに、それを買おうか悩んでいる最中であった。
田舎のアパルトマンに到着したら、リビングルームの窓が観音開き状態になっていた。

滞仏日記「田舎のアパルトマンに泥棒!? 監視カメラが作動しない」

地球カレッジ



下の階のカイザーさんに、「到着しました」とメッセージを送ってから、おそるおそる階段を上がっていくと、いつものごとく、階段の踊り場から手ぐすねを引くように、ぼくを待ち受け見下ろすカイザー髭がいた。
そして、その横に、ハウルの魔女にくりそつな奥さんが立っていた。
よく見ると、カイザー髭さんは手にモップを持っている。モップ!!! それをぼくに突き出した。ふさふさのモップ箒である。
「な、なんですか?」
「これを持っていきなさい。もし、誰か変なやつがいたら、これで撃退したらいい」
これ、ぜんぜん、武器にならないっす。
でも、心強い援軍なので、受けとっておいた、父ちゃん。
モップを掴んだまま、自分のアパルトマンの扉のドアノブに手を当ててみた。確認したが、鍵はちゃんとかかっている。ドアノブが動かないので、振り返ると、ぼくのすぐ目の前、真後ろに、カイザー髭とハウルの魔女が立っていた。ち、近い!
ぎゃああああああ。こっちの方が怖いです~。
ぼくは気を取り直して、ポケットから鍵を取り出し、静かに回したのだった。
「一緒に行こうか?」
マジですか? なんて優しい。ありがとう・・・。ぼくは頷いて、お願いします、と言った。ぎいいいい、と古い扉の開く音。なにせ、築160年、19世紀中庸の建物なのだ。扉もたぶん、その時のものである。



ぼくはモップを持って、上がっていった。
す、すると、開いた窓のところに、かもめが・・・。目が合った瞬間、気まずそうな顔をしたかもめであった。犯人は、こいつか・・・。
「何してんだよ。ここは俺んちだぞ」
ぼくは日本語で怒鳴った。すると、かもめくん、大きな翼を広げ、バサバサ羽ばたかせ、飛び立っていったのである。彼らがリビングに入り込んだ形跡があった。
白いソファの上に、カモメの羽根が落ちていた。そして、監視カメラBが無残にもコンセントから引き抜けれていたのである。
「風で、開いたままになっていたので、カモメが入って寛いでいたのね」
ハウルの魔女さんがニコニコ笑いながら、言ったのである。

つづく。

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