JINSEI STORIES

滞仏日記「中村江里子50歳シークレット誕生会レポ」 Posted on 2019/03/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、日曜日、中村江里子さんのお宅で彼女を祝う盛大な誕生会が行われた。これはご主人のシャール・エドワード・バルト氏によって企画され、彼女には直前まで内緒であった。フランス人はこの手のサプライズパーティが大好きなのだ。とにかく、妻をこっそり喜ばせたいという彼の愛情があふれ出た素晴らしい企画であった。しかもその前日には日本とアメリカから江里子さんのご家族やお友達(幼い頃からの大の仲良し)をひそかに呼び寄せての家族だけのシークレットパーティも催されていた、というのだから、どれだけシークレット好きなのか、どれだけ江里子は幸せなんだ、と笑ってしまったほどである。僕はもともとこの誕生日会の言い出しっぺだったが、結局、気が付くとバルトさんの独り舞台になっており、愛の力は偉大だ、と脱帽の連続となった。というのか、一人身の僕にとってはあまりに羨まし過ぎる夫婦愛に、ただただ圧倒され、肩身が狭く、出る幕などどこにもなかった。

僕は今回、自分のバンド仲間を引き連れて、歌手として参加した。僕からのプレゼントは「全十曲」だった。フランス人と日本人のゲストが半々だったので、「バラ色の人生」とか「ZOO」とか日仏の曲を織り交ぜ、最後にバルト夫妻へのバースデイ書下ろしソング「ロックンロールパパ&ママ」まで披露をした。というのはこの二人誕生日が同じなのである。小説で書いたら嘘くさくなるような信じがたい運命をお持ちの二人、その眩い二人を遠くから見つめながら、いつか幸せになってみせると、僕は一人、心の中で決意をし、演歌を口づさんでいた。冗談はさておき、バルト邸にお邪魔するのは3度目だったが、そこがびっくりするくらいに広い。パリの超一等地にお屋敷かと思うようなアパルトマン。天井は4メートルもあり、何部屋あるのか想像もできない間取りだった。その広大な屋敷に家族5人で暮らしている。子供たちは聡明でお行儀がよく全員でお母さんの誕生パーティのために働いていており、料理の盛り付けや配膳まで兄弟で手分けしてやり切った。そのお母さん思いの優しさや態度、ゲストへの心配りは非の打ち所がない。江里子ママの子供たちへ向ける愛情の深さが結集したような子供たち!その可愛らしさにため息しか出なかった。一言で中村江里子を取り巻くパリでの環境を説明するならば、ほんもののセレブ、ということになる。この人のセレブ感というものには嘘がない。品があり、知性と裏打ちされた教養があり、何よりも優しさがある。50歳にしてこのオーラは凄い。僕は別にセレブなんか興味がないのだけど、日本人にもスターエンターテイナーやスタースポーツ選手だけじゃなく、ご夫婦のセレビリティがいてもいいよな、とは思っていた。もちろん、彼女は普通の人じゃないけれど、子供や家族のために生きる母親として世界に向けて輝くものがある。考え方や生き方も信用できるし、人を押しのけない潔さもある。ま、本人はセレブなんかを目指しているわけじゃないのだろうけど、あの迷子になるくらい広々としたご自宅で主婦をやれる人はなかなかにいない。僕なんか狭ければ狭いほど落ち着く性格で、そもそも僕の座右の銘は禅の言葉「起きて半畳、寝て一畳」なのだから、ますます悲しくなる。部屋の隅っこで歌っていると、そっくりな顔をされたお母さまが僕のところにやってきて「辻さん、私、歌いたいの」と可愛らしく申し込まれたので、僕らは彼女のリクエストを練習し一緒に演奏をすることになった。みんな笑顔で、みんな幸福そうで、居心地のいい空間がそこにはあった。

滞仏日記「中村江里子50歳シークレット誕生会レポ」

滞仏日記「中村江里子50歳シークレット誕生会レポ」

中村江里子さんも僕も17年前にパリに渡っている。フランス歴は同じ年なのである。僕は離婚の後、彼女と知り合うことになった。あまりその活動歴を存じあげていなかったのだが、子供と生きる日々のことを綴った僕のエッセイ集の批評をしてくださったことがご縁となった。異国という厳しい環境での子育てを通して共通する思いがあり、仲良くさせて頂いている。僕にとっては異国で生きる同志であり、ママ友なのである。彼女と知り合ったことで彼女の仲間のママ友たちとも親しくさせてもらうことになった。シングルファザーの生活は過酷で、心折れそうな時も多い。そういう時に江里子さんたちのグループが僕や僕の息子を精神的に支えてくれる。いわば、日本人互助会である。彼女が幸せそうな様子を見ることが出来て嬉しかった。日本好きなバルトさんとは仲良くなれそうな気がした。彼は最初、楽器を持って部屋に入って来た真っ黒な恰好の僕をバンドマンだと思ったみたいで、電源はどこですか、と訊ねたら、ヒア~、と英語でコンセントを指さされた。僕は小さな声で、サンキュ~ムッシュ~、と呟いておいた。そういうところから徐々に親しくなっていくのも、もう一つのシークレットな喜びかもしれない。あとで僕が作家だと知って、バルトさんは興奮されていたけど、ま、僕としてはバンドマンでいる方が気が楽だ。まさに起きて半畳、寝て一畳である。ともかく、世界を股にかけて活躍する経営者のご主人は、間違いなく江里子さんの愛情のおかげで頑張れている。子供たちは彼女の愛情が注ぎ込まれ、絵に描いたような素晴らしきキッズたちだった。おめでとう、えりちゃん。僕はあなたをセレブに認定します。

滞仏日記「中村江里子50歳シークレット誕生会レポ」

滞仏日記「中村江里子50歳シークレット誕生会レポ」