JINSEI STORIES
滞仏日記「オリンピックを目前にした観光大国日本の最大の課題」 Posted on 2019/03/10 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は凱旋門周辺で再び黄色いベスト運動がデモを起こしたが、規模はやや縮小気味である。カルロス・ゴーンさんの「変装で保釈」のニュースも気にして見てはいるけどこちらではほとんど扱われていない。気になるフランスのニュースはいろいろとあるけれど、FRANCE INFOが黄色いベスト運動に関する興味深い記事を配信している。「フランス人の53パーセントが黄色いベスト運動に関する報道が十分ではないと考えている」と伝えた。フランスのメディアは日本よりも「右」と「左」がしっかり分かれている。それを知って内容を読むのがいい。右の人を「ドワット」、左の人を「ゴーシュ」と呼ぶ。こちらの人はあまり隠さない。ただ、自分から「右」「左」は公言しないが、代わりに自分の信条や主義をはっきりと口にするので、それを聞けば即座に「右」か「左」かがわかる。
うちの息子の仲間たちが集まると、政治的な意見交換をしょっちゅうやっている。(親の受け売りなのだろうが、フランスの子供たちの政治意識は驚くほどに高い)。日本の多くの人はマリーヌ・ルペンさん率いる「国民戦線(FN)」を極右と思っている人が多いけど、厳密には、日本的ないわゆる極右じゃない。フランスは伝統的に左なので、FNは極右ということになるが、日本の極右とはぜんぜん違う。ずいぶん前になるけど、知り合いのフランス人(彼は国民戦線を支持していた)と話をしていた時に、興味深いことを彼が口にした。「国民戦線が目指しているのは日本の政府なんだよ」と。これには驚いたが、なるほど、と思った。日本ほど移民を受け入れない国はないし、国民戦線側からすると世界の国々の中で日本が一番理想の国なのである。言われてみると、昨日か一昨日の記事でティーブン・バノン前米大統領首席戦略官が同じようなことを言っていた。思い当たる。僕の中東や東欧の日本語ペラペラ、日本で暮らして20年も30年もたっている友人たちが口を揃えて「こんなに日本を愛してるのに日本人になれない」と残念がり、中には欧州に戻って来た人もいる。世界が日本のことをどう思っているのか、実は、日本人よりも世界の方が日本の姿勢についてよく分析しているように思う。
今、欧州はこれまでにないほど厳しい状態にある。一枚岩だったEUは移民問題が影を落としかつての推進力を失った。英国の合意無きEU離脱はもしこの勢いで実現すれば英国にとっては自殺行為になるだろうし、欧州も無傷ではあるまい。予断を許さない状態が続いている。それは英国内で燻る移民問題のせいであるし、北アイルランドとの関係も無視はできない。EU内にはイタリアのように英国に近い感覚を持っている国(現在フランスとイタリアの政府はプチ絶交状態にある)し、正直、独仏以外でEUをけん引できる国はないし、北欧はクールだし、東欧は火種が多すぎるし、ユーロが下がっていくのは仕方がないのかな、と思いつつ、欧州も全体的に右傾化に舵を大きく取っている。世界を見回しても中国、ロシア、アメリカの思惑でかき回されている状態で、この世界をけん引する三国の政府や首脳は左じゃないことだけは間違いない。いや、右じゃない大国をあげろと言われれば、ほとんど思いつかないけれど、たとえば移民問題をどこの国よりも突き放さず考えている独仏の足元は明らかにそのせいで揺らいでいる。トランプさんが大統領になって以降の、この世界の変質は物凄い。いいや、これがほんとの素顔だったのだろうと僕は思っている。それでも、世界は一つの星の上で協調しなければ立ち行かない共同体だから、全ての国が内側にドアを閉じてしまったら、経済も何もかも崩壊する。それを分かっていながら、力のある国がどんどんドアを閉鎖していったら、どうなるのだろう、と心配になる。息子たちが僕を取り囲んで言った。「大人が思っているほど、僕らはこれからの世界を楽観していないよ。20年後、この世界がこのままの状態であり続けるとは少なくとも僕たちは思ってない。なんのために僕らが生まれてきたのかを僕らはこうやって悩んでいるんだ」と言った。僕は激しく身震いを覚えた。
高齢化が進む日本で労働力を確保するためには東南アジアや中東などから外国人労働者(移民)を増やすしかないが、これが現時点の日本においては本当に難しい、と僕は懐疑的な意見を持っている。フランスで僕はこの17年、生々しい、フランス人と移民との摩擦、事件、テロを目撃してきた。フランス人のように、あれほどのテロが起きても寛容でいられる、常識を捨てないでいられる国民はほかにいないだろう。テロが起こった歴史を理解しているからこそ、出来事を狭い視野で見ていない。それでも国内に矛盾や亀裂は起きるし、新しい移民たちが今後フランス人と同化出来るかは不透明だ。日本のような高齢化が進む国で労働力を補うためだけに大勢の移民が流入してきた場合に起こるだろう事態を想像すると現状の国民の移民というものに対する理解力では、外国人労働者(移民)の受け入れはまず難しいのじゃないか、と思う。欧州は地続きだが、日本は島国なので、この問題を冷静に分析できる環境が整っていない。(文化が違い過ぎるし、受け入れる側が何より知らなさぎる)まず、欧州などの現状を鑑み、政府も国民ももっと欧州から学ぶ必要がある。そしてこれはオリンピックを目前にした観光大国日本の目下の最大の課題といえるだろう。「外国人の皆さんいらっしゃ~い」と言っていられないほど、宗教や政治などを巻き込んで、複雑化しているのが現状だ。一方で少子化、高齢化で、労働力を失えば国が確実に没落してしまう将来が待ち受けている。当然、何とかしたいと考える政府の焦りも分かるけれど、親日国から優秀な移民だけを受け入れるという発想には限界がある。フランスでその辺を目の当たりに見ている僕でさえ、何が一番正しい方法かを見極めきれないでいる。日本はもっとこの問題について勉強をしなければならない。高齢化と少子化の問題が日本の未来を大きく揺さぶっている。欧州はもっと前からこの問題を抱えて苦しんでいる。そこから学べることは多いように思う。