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リサイクル日記「海外で暮らしたい人への重要なアドバイス」 Posted on 2022/07/22 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、海外で一度は暮らしてみたいという人は多い。けれども、どうやったら海外で暮らしていけるのか悩んでいる人も多い。先日、僕のところに日本の知人のお子さん(30代)からフランスに移り住みたいのだけど、どうしたらいいのでしょう、という問い合わせがあった。
まず、最初にお伝えしたのは、フランスの法律はしょっちゅう変わるので、現時点でこの方法がベストという説明が難しい、ということ。弁護士でも目まぐるしく変わる法律についていけない状態にある。なので、過去のガイドブックなどを勉強してもその通りにはいかないのが実情であろう。
しかも海外移住をする場合、必ず出くわすのが「卵が先か鶏が先か」問題である。例えば、滞在許可証を申請したいのだけど、そのためにはパリにアパルトマンを借りないとならない。
フランスはいわゆる住民票がないので、ガスや電気の支払い明細書が重要な書類となる。なので、アパートの「賃貸契約書」とか「EDF(東京電力みたいな会社)の支払い明細書」が必要になるのだが、そもそも部屋を借りるためには滞在許可証の提出が求められる。けれどもどちらかがないとどちらかを申請できないという仕組みになっており、ここで生じるのが「卵が先か鶏が先か」問題となる。
この段階でほとんどの人が挫折してしまう。僕の場合はまず日本のフランス大使館で一年間の短期滞在ビザを申請し取得した。仕事をすることが出来ないビザだが、一年間は滞在が可能というビザ。(法律が頻繁に変わるのでここも調べないとならない)
学生ビザで入る人が多いけれど、気を付けないとならないのは、学生ビザで入った場合、その期間が過ぎると別のビザへの変更はほぼ認められない。よっぽどの実績を残せないかぎり、学生ビザから一般ビザへの変更は認められない。
僕は短期滞在ビザを取得した後、フランスの銀行の東京の支店に口座を開設した。この二つを持って、まず、短期貸しの条件の緩いアパートを借りた。短期貸し物件を一時的に借りて、そこで電気代を支払い、支払い証明書を作るのだけど、そういう物件というのはあまり存在しない。必死で探してやっと一軒探し当てたという感じだ。そこで、EDFの支払い明細書が出来たので滞在許可証の申請をすることが出来たが、残念ながら半年以内に申請が通過することが叶わず、この方法での取得は断念に追い込まれた。
結局、どうしたのかというとそういう移住を希望する人をサポートする人物や弁護士を雇うことになった。
僕はどちらも試して、最終的に現在の弁護士と出会うことになり、彼と一緒に滞在許可証の取得を目指した。息子がパリで生まれたことで、(フランスは出生主義を持っている)彼にはフランスで出生したという強い証明が与えられ、それが親の滞在にも影響を及ぼすことになった。
僕が滞在許可証を取得するまでにどのような紆余曲折があったかよく覚えてないけれど(嫌なことはすぐに忘れる主義なのである)、それはいばらの道であったことは間違いない。
当時は、ビザの申請は予約制ではないので警察署まで行き、順番を待つ必要があった。日本人はアジア・アフリカ窓口に並ぶ。アフリカ諸国やアジア諸国からの人が並ぶセクションで欧米の窓口よりも圧倒的に人が多い。長い時は6時間待ちというのがあった。暑い最中に赤ん坊を抱えて並ばないとならず、これを毎年繰り返して更新をするのだから、辛い。
幸いなことに最近は予約制になり、待たなくてすまなくなったようだ。あまりに劣悪な環境なので、批判が出たのかもしれない。でも、僕は数年前に、「十年ビザ」、アメリカでいうグリーンカードを取得することができた。永住許可証に近い。なので、有難いことに、もう並ばなくてよくなった。海外で生活をするというのはどこの国に行ってもこれと同じような条件を通過する必要がある。
そもそも、移民に対してどこの国も厳しくなった。海外移住は昔に比べていっそう狭き門になっている。それでも海外で頑張りたいと思う人はそれ以上の意志を持たないと海を渡れないのが現状かもしれない。仮に滞在許可証を取得出来ても、その先にはさらにいくつもの厳しい難関が待っている。我が半生を振り返ると、どうしてこんなに大変な道を選んでしまったのだろう、と苦笑が起きる。しかも今はシングルファザーなのだ。こういうものを運命と呼ぶのかもしれない。
でも、今はやっとこの国を愛せるようになった。いいところも悪いところも全部知った上で、僕はこの国の素晴らしさを見極めることができた。運命というものの強引さに辟易としながら、どこかで少し感謝さえしている。
さて、このことを事細かく知人の息子さんにお伝えしたが、今のところ返事はない。