JINSEI STORIES
退屈日記「若かりし頃の父ちゃんを支え続けた座右の銘」 Posted on 2023/11/24 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、みんな、一つくらいは座右の銘というものを持っているものだ。
「辻さんの座右の銘を訊かせてください」
とよく言われる。
ぼくの座右の銘は「起きて半畳寝て一畳、天下とっても二合半」というものだ。
よく知らないのだけれど、どうやら、禅の言葉らしい。
どの時代に、どこでこの言葉と出会ったのか定かではない。
でも、困難にぶつかった時、ぼくはまずこの言葉を復唱する。
「起きて半畳寝て一畳、天下とっても二合半」
ぼくの勝手な解釈だが、人間は畳半畳もあれば座して生きていけるし、一畳あれば眠るに足る。
仮に天下をとったとしても、つまり大成功をして億万長者になったとしても、一日に二合半以上の米は必要としない。
逆を言えば、それだけあれば人間は生きていけるじゃないか、というメッセージとして若かりし頃の父ちゃんはこの言葉を受け止めた。
実に、素晴らしい教えであった。
もし、今やっている仕事がうまくいかなくても、この座右の銘さえあれば、ぼくはいつでもゼロからやり直せると思った。
壁に突き当たった時、絶望しかけた時、ぼくは自分にこの言葉をぶつけたものだ。
「起きて半畳寝て一畳、天下とっても二合半」
或いは、大冒険をしなければならない人生の岐路に、この言葉をよく呟いた。
起きて半畳なのだから、大丈夫、なんとかなるよ、ということである。
そして、その通り、なんとかなってきた。
なんとかなるものだ。みんなそうやって今日までやって来た。
畳が半畳あれば、座って過ごすことが出来るし、一畳もあれば、寝られる。そうだ、起きて半畳、寝て一畳じゃないか。
ダメならば、また、4畳半のアパートから再出発すればいいじゃないか、とぼくは自分に言い聞かせて、若い頃の試練を突破してきたのだ。
そして、今、ここにいる。笑。
なんとか、なんとか、生き抜いて来ることが出来た。
息子にもこの言葉を教えてやった。頷いていた。
ぼくはミュージシャンとしてデビューした25歳の頃、毎日、この言葉をつぶやいていた。
大学時代の仲間たちはみんな、大学を卒業し、企業に就職をしていた。
「辻、お前、大丈夫か、そんな不良みたいなかっこうで、やっていけるのかよ」
みんなスーツ姿でビシッと決めていた。
その当時、ぼくはお風呂もない小さなアパートに暮らし、夢だけは誰よりも大きく抱えていた。
「起きて半畳寝て一畳天下とっても二合半」はそんな時代のぼくにとって魔法の呪文のようなものでもあった。
いつだって四畳半からやり直すことが出来る、とその後もずっと言い聞かせてきた。
守りに入ると前進できないので、とことんやって、ダメなら、ふりだしからやり直せ、と思っていた。
今もそういうところがある。
もう一度、仕切り直して、頭からやり直す自信がある、ことが財産なのである。
この言葉のおかげであった。
振り返ると、この言葉と共に、今日まで走り続けることが出来たのである。
あのスーツ姿の仲間たちはもうすぐ定年のようだが、ぼくには定年がないので、体力が続く限り前に進み続けることになる。
きっと死ぬその日まで「起きて半畳」と叫んでいるのじゃないか、と思うと、口元が緩んでしまう。
ただの言葉だが、されど、人生を支え続ける大事な言葉なのである。
座右の銘は誰でもが持つことが出来る。
呟けば、効く。
それが座右の銘なのだ。
人生に響く言葉を持て。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
最近は、熱血、が父ちゃんを支える一番の言葉になりました。気が弱くなっている時に、小さく「熱血」と唱えています。諦めるのが得意じゃないんだ、だから熱血で行くんだ、と言い聞かせているのです。前進しましょう、マイペースで、少しずつ!
苦しい時には、父ちゃんの音楽でも聴いて、ふて寝してくださいね。みゅーじっく~。
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https://youtu.be/YIi9N-6kt5g?si=l3SPg4Wt-jpOqToS