JINSEI STORIES
毎日日記「朝いちばんに父ちゃんが買いに行くバケットは我が人生の杖なり」 Posted on 2023/11/04 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、早起きをして近所のパン屋さんにバゲット、正確にはバゲット・トラディション(伝統的バケット)を買いに行くのが父ちゃんのほぼほぼ毎日の日課なのであーる。
朝の七時にはどこのパン屋も開店している。パン屋は、どんな田舎の村にいっても、最低、2軒はやっていて、競い合っている。そして、意外なことに、田舎のパン屋のレベルの方が高いのだ。(個人的、感想です)
焼きたての美味しいパンを買うならばこの朝の七時を狙うのがいい。
どのパン屋も、朝と昼と夕方、3回とか2回(朝と夕方とか)、食事時間の一時間前にバゲットが焼きあがるように、スケジュールを組んである。
顔馴染みの店員さんと二言三言言葉を交わし、バゲットを掴んで帰る道すがら、父ちゃんは今日を精一杯生きたろうと自分に誓うのである。
時々、長いバゲットを振り回したりしながらね!あはは。
息子が自立する前は、バゲットを使って、サンドイッチを拵えて食べさせ、彼を学校に送り出すとまもなく8時。コーヒーを淹れて、バケットを頬張る。美味い!
ちなみに、フランスでサンドイッチとは、バゲットサンドのことを指すのである。
日本のバゲットのレベルも向上したとは思うが、それでもやはり、本場フランスのバゲットのレベルには超高い。
本場、フランスのバゲットを口にしたときの感動は今日現在まで持続し続けているし、ますますその素晴らしさを実感する毎日だ。
炊き立ての美味しい国産米を口に入れた瞬間のあの感じと同質なのである。
フランスの有名なパン屋が日本に進出しているが、話題の店で食べてみるけれど、うーん、ぜんぜん違う。
ようは、水の問題なのである。硬水と軟水の違いは大きな影響を及ぼしている。
あと、やはり、小麦の種類かなぁ。
不思議なのは日本だとバタールというフランスパンばかり見かけるが、パリではほとんど見かけない。
ないことはないのだけど、日本のものとはどうも違う。
なぜ、日本はバタールなのだろう?
フランスでは一番目立つ場所を占有しているのは普通のバゲットかトラディションだ。
バタール自体、探すのはなかなか難しい。
トラディションは表面がカリカリで中がもちもち。父ちゃんは必ずトラディションを選ぶ。
子供や年配の人たちには噛みやすい普通のバケットがお勧めである。
他に短くてカリカリ感の強いフィッセルも有名で、ベーコン味とかセサミ味とか、こちらはいろいろと工夫が凝らされており、ワインのつまみにもなる。
フランス人も食パン(パン・ド・ミー)は食べるけど、日本のような柔らかい食パンは存在しない。
やはり食パンは日本が世界一だと思う。
行列を好まないフランス人が並んでも買いたいのが焼きたてのバゲットである。
焼き上がりの時間が決まっているので、夕食前の5時過ぎにはどこのパン屋もずらりと人が並んでいる。
焼きたてをとんがり部分から齧るのが父ちゃんは好きだ。
香ばしく、カリカリで、温かく、とにかく申し分がない。(ちなみに、焼きたてのバゲットを砂糖醤油につけて食べると、まるで日本のお餅のような味わいになるのだけど、信じてもらえるだろうか?)
そのバゲットをまるで剣のようにリュックに刺して自転車で帰る人や、杖のように掴んで歩くご老人など、フランス人にとってバゲットは人生の拠り所のようなものかもしれない。
息子が自立して、一人暮らしとなった父ちゃんだが、ぼくはいまだに早起きをしてパンを買いに行く。
バゲットを人生の杖のように掴んで、パリの路地を闊歩する。落ち着くのだ。
バゲットを掴んで歩くだけで、ウキウキする。それが父ちゃんの朝いちばんの大切な仕事なのであーる。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
今日は土曜日だから、バゲットサンドにしようかな!!!
さて、「パリごはん」再放送のお知らせです!
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「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2023SP」
【BSP/4K】11月11日(土)後10:30~11:59
※初回放送 2023年9月16日
※BSP・4K同時
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