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滞仏日記「フランス人はゴーンさんをこう見ている」 Posted on 2020/01/06 辻 仁成 作家 パリ

今日はイランとアメリカの緊迫した状況が気になり家でずっとテレビを見ていた。するとカルロス・ゴーンさんについての特集番組があった。その中に「風を読む(風の中)」という辛口批評人気番組があり、それがかなり的を得ていて面白かった。その説明の前に、まず、ネット新聞各紙のコメント欄の、一般のフランス人の反応をご紹介しよう。とくに今回のような歴史的ストライキをやっている労働者たちは当然、大金持ちのゴーンさんを敵視しているし、けっこう罵っている。ゴーンさんを肯定的に捉えているフランス人はほとんどいなかったし、代表的な意見としては、特権階級の一部の人間の悪いモデルで許せるものではない、というものだった。で、この「風を読む」でも、周囲の反対を押し切って(丸め込んで)自分の給料をどんどんアップしていく彼の手法が詳細に報じられており(年間で18億円くらいの給料)、番組全体としてはカルロス・ゴーンへの批判で終始していた。しかし、それ以上に批評家らが問題視したのは、日本人の長閑なゴーン対応であった。日本人は人を疑うこともなく、のほほんとリスペクトし過ぎで、ここまで寛容な国は他にはない、と恥ずかしくなるような意見が続いた。保釈をするのに、なぜGPS付きのブレスレットをさせなかったのだ、と批判の口火を切ったのはゴーンさんを長年取材し続けているジャーナリストだった。国内移動でパスポートの提示を必要としない国は日本くらいで、オリンピックを前にして、しかもイランとアメリカが戦争をしようかというこのタイミングでテロ警備も入国審査もアマアマな日本は本当に大丈夫なのか、と皮肉っていた。サムライの国だから、恥は死ぬことと思っているようだが、恥などなんとも思っていない経営者も多い、と。逃げたもん勝ちというのが欧州スタイルで、ゴーンさんのように逃亡をして逃げ延びている人たちが多い。映画監督のポランスキーさんもアメリカで訴えられ、逃げていまだに逮捕されていない。世界的なトップ経営者は逃亡などしない、と頭から思い込んでいる時点で日本人は不見識であった、と司会者がまとめた。悔しいけど、その通りかもしれない。



そもそも、税金の問題は裁判中だから触れないにしても、パスポートコントロールを通過しないで、一人の人間が、楽器ケースに潜り込んで日本を出国することは犯罪である。そのことだけでも逮捕が当然。世界中がそのことを知っているというのに、強く抗議できない対応が心配だ。政治の障害になりかねない人間の排出に目を瞑ったのじゃないか、と勘繰りたくもなる。その前に、ずっと疑問に思っていたことだが、飛行機の手荷物であろうとエックス線検査があるのが当然で、だとするならばこれほどの逃亡劇はあまりにリスクが高い。なのに、楽器ケースのエックス線検査がまるで最初から無いことを知っているかの行動じゃないか。彼は最初から切り抜けられる自信があった。そうじゃなければ、あのような007並みの逃亡劇をやれなかったはずだ。出国前にハリウッドの映画プロデューサーと面会している時点で、彼には確信があった。絶対成功するという確信である。

「風を読む」のコメンテーターが「グレッグ・ケリー(日産の前代表取締役)は手術のために一度アメリカに出国しているのに日本にちゃんと戻って来たじゃないか。彼のことは信用できるね」と発言し、全員が頷いているところだけは和めた。ケリーさんはゴーンさんの逃亡劇に対し「驚いている」とコメントしていた。ところで、フランスは今日、ゴーン氏の引き渡しはしないと言いながら、きちんと調査をやり裁判に持っていくぞ、と脅しをかけた。フランスにとってカルロス・ゴーンは現時点で招かれざる客なのだ。いつか彼は彼を必要とする大国にすり寄るだろう。そういう国は驚くほどにあり、日本が引き渡せと遠くから吠えても、せせら笑われて終わるのが目に見えている。今回の逃亡劇でよくわかったことは、つまり、日本が甘ちゃんだったいう一点に尽きる。 

滞仏日記「フランス人はゴーンさんをこう見ている」