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滞仏日記「パパは移民、息子は移民ではない」 Posted on 2019/12/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、可能性はあると思っていたが、まさかのジョンソン首相率いる与党・保守党が選挙で365議席獲得し大勝利を掴んでしまった。サッチャー元首相の時の勝利に匹敵するというのだから、ぶったまげた。カフェでニュースをチェックしていたぼくは思わず大声で「マジかぁ」と叫んでしまい、周囲の人たちを驚かせた。「ジョンソンが勝利したんだよ!」とギャルソンのクリストフに告げたら、隣にいた紳士が飲みかけていたカフェオレを吐き出してしまった。
「マジですか?」
ぼくは彼にフランスアンフォの速報を見せた。おおお、と人々がどよめいた。彼らはイギリス人の観光客だったのだ。



その直後、世界を駆け巡っていたニュースがこれまでの論調から一変する。これまでは「イギリスはもう終わる」と騒いでいたメディアが「イギリスの強い決意」と謳いだした。中にはイギリスがEUを離れ、新たにアメリカとアングロサクソン経済圏を構築し、EUの結束にひびを入れ、EU崩壊を導く、という極端なものまであった。それは難しいとは思うけれど、手綱を握っていたはずのEU首脳たちが「安堵した」と言いつつも、この先の見通しの悪さに警戒感を強めているのは事実であろう。結局、イギリスの多くの市民が「離脱」を望んだという事実だけは変えられない。つまり彼らは今後、移民受け入れに対して相当厳しくなるということであろう。

知り合いのイギリス人から「がっかりした」とメールが届いたのはその直後だった。彼の奥さんは日本人だった。彼と同じように外国人と結婚をしたイギリス人たちは今度の保守党の勝利を苦々しく見ていた。移民といっても、実はその規定はかなりあいまいで、実はぼくも移民に扱われる。国連によると、移民とは「出生国を離れ12か月以上、当該国へ移って居住した人々」と一応なっている。観光や旅行は含まれない。ただしこれらは報告書に記されただけのものである。つまり、国際的な移民の定義は存在しない。
「パパ、でも、ぼくは移民じゃないんだよ。なぜなら、ぼくはパリで生まれているからね」
と息子が言った。
「でも、パパは18年もパリで暮らしているので立派な移民ということになるよね」
と衝撃的なことを息子が言った。
「えええ? パパは移民なの」
「一般的にはそうなるんだけど、自分でどう思うか、だよね。でも、難民ではない。難民というのはまた違った提議があるんだよ。内乱、武力紛争、人権侵害、自然災害などで出自国で生きられず外の国へ出た人たちのことを難民と言う。パパは自分勝手にフランスにやって来てるし、帰るのも自由。フランスで税金を支払って、フランスの市民権を持っているから難民じゃない。移民だけど、フランス市民だ」
「なるほど~」



息子はフランスで生まれたことでdroit du sol(出生地主義)というタイトルを持っている。(ちなみに日本は血統主義である)我が子をハワイで出産させたい日本人が多いのはそこでの出自が証明されるとアメリカの永住権を取得できるからだ。出生地主義は確かに強い。息子も彼の意志さえあればフランス人になることが可能で、フランス政府はフランス人と同じ扱いをしている。しかし、ぼくは帰化しないとフランス人になることができない。もちろん、フランスの国籍を取得する意思などは微塵もない。

イギリスは今後、移民受け入れを拒む方向にシフトするだろう。EUの中には移民受け入れを拒む国が潜在的に多く存在する。イギリスの離脱で、その動きが加速することは間違いない。イタリアなどはその急先鋒になるような気がする。じゃあ、ドイツとフランスはどうするのか? ドイツもフランスも今現在の移民政策が続くとは限らない。それに反対する政党が躍進しているからである。次の選挙で、イギリスの勝利が影響を及ぼす可能性は否定できない。トランプ大統領の決め台詞ではないけれど「ちょっと英国の様子を見てみよう」と言うのが現在の欧州の状態かもしれない。

滞仏日記「パパは移民、息子は移民ではない」