JINSEI STORIES
滞仏日記「パリが完全停止、みんな歩け歩けの一日」 Posted on 2019/12/06 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日はパリ交通公団、(RATP) 、フランス国鉄(SNCF)の労働組合が無期限ストライキに入った。地下鉄もバスも国鉄も全部止まっている。大混乱か、と思いきや、外に出てみると、みんな歩いていた。息子の学校は私立なのでやっていたが、それでも先生は休みらしくすぐに帰って来た。当然、公立の学校は全て休校である。しかし、郊外に暮らす息子のクラスメイトやその親御さんらは一時間以上かけて学校や仕事場まで歩いたのだとか。外に出てみると、いつもより多くの人が寒空の下、歩いていた。
警察や病院や消防、役所、郵便局、教育機関、電力会社などもストに参加したようで、パリは完全に動いてない。これで首都が成立するのか、と心配になった。パリ市で80万人規模のデモが行われた。年金改革に始まる退職条件の交渉が引き金になった無期限デモだそうで、とりあえずこのまま月曜日までは続く。ぼくはそんな中、来月に行われる自分のライブのフライヤーを取りに2区の印刷所まで出かけた。レストランなどは休んでいるところもあったが、だいたいの企業はいつも通り営業していた。地下鉄が動かないとこんなに人が溢れるのだと思うと面白かった。印刷所はちゃんと営業していた。
「あれ、休みじゃないね」
「こんなことでいちいち休んでられないよ。働かないと生きちゃいけません」
「車で通勤?」
「まさか、駐車場代かかるから、ぼくはレンタル自転車でここまで、相棒は歩き」
すると、隣の男性が、家からここまで二時間歩いたよ、と笑いながら言った。
「めっちゃ、フランスじゃん」
「ああ、でも、権利を勝ち取るためにみんな頑張ってるのだから、仕方ない。交渉は大事だ、自分たちの将来にも繋がる。君もここに住んでるんだろ? じゃあ、無関係じゃないよ」
彼は大きな箱を取り出し、僕の前にぼんと置いた。???
「これ?」
「そう、千枚。結構、厚紙で作っといた」
「これ、持って歩いて配るの大変じゃない? 厚すぎるよ。これから配り歩く予定なんだ」
「これだけ分厚いと壁に立てかけることが出来る。ペラペラだと曲がって宣伝にならないよ。ぼくはこの方がいいと思う。広告スタンドは立てなきゃならないし、頑張って」
フライヤーを箱からリュックに移し替え、その足で、日本の店が多いオペラ地区まで行った。自分のフライヤーを自ら置かせてもらうために。この年で、この地道な活動、でも挫けない。スーパーポジティブで行く。一人でも多くの人に自分の今の歌と音楽を届けたいから。
「あら、辻さん」
と日本人の女性に呼び止められた。どうやらこの辺でお店をやってる方のようだ。食材を大量に抱えている。ぼくはすかさず、フライヤーを掴んで取り出し手渡した。
「ライブやるんです。どこかに置かせてもらえないですかね?」
「え?うちの店でよければいいですよ。でも、ご本人が配っててびっくりした。スタッフさん、いらっしゃらないの?」
「ストなんです」
冗談を言ったが通じなかった。
「辻さん、最近、ちょっと髪型とか恰好とか地味になっていたから心配していたけど、まだまだ大丈夫そうですね。応援しています。宣伝手伝いますから、頑張って」
それにしても観光客の皆さんも地図を片手に大勢歩きまわっていた。この時期パリに観光で来た人は本当に大変であろう。でも、パリは東京やロンドンに比べると物凄く小さいので、歩いて端から端まで行くことが出来る。こういうタイミングだからこそのパリを楽しんだらいいと思った。ぼくは夕方までに「国虎」や「HISADA」など元気な日本の店舗を巡って、500枚を配り終わった。パリの「ジュンク堂」さんにも置かせてもらった。たしかに広告スタンドは厚紙じゃないとへなってしまう。ぼくのフライヤーが一番背筋が伸びていた。日本人のお客さんに、頑張って、と声をかけられた。しかし残り、500枚、どうしよう? 笑。