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滞仏日記「言葉に殺されないために」 Posted on 2019/11/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、韓国の若い歌手の人が自殺をした。ぼくはその子のことを知らない。でも、昨日、そのニュースをネットで見て、その前の日にたまたまネットで見たその子の「おやすみ」のインスタ(?)の写真をたぶん何かのタイムラインの中で見ていたので、あ、あの子、と思って記事を読んだら韓国のアイドルの方でした。日本でも活躍されていて、一月前に親友の人も同じような死に方をされたと書かれてあった。ぼくはこの子のことを何も知らないから何も言う資格はないのだけど、なんだろうね、国とか関係なく、なんか暗くなった。若い人が自ら命を絶つと。いや、若くなくても、ぼくの母さんのような世代の人であっても、やっぱり悲しくなる。



この方の死の動機は想像もつかないけれど、人生に悲観したのかもしれない。こちらでも似たような、若い人が自死を遂げたニュースがちょっと前にあった。有名な子ではなかったが、この子の場合は匿名の人からの誹謗中傷が原因だったようだ。

でも、生きていると辛いことも増えていく。抱えきれない出来事がどこからともなく襲い掛かってくるのが人生だから、おかれた立場に圧迫されて、自分ではどうすることも出来ないところに追い込まれてしまう。悪口、陰口、誹謗中傷もあるだろうし、他人は心無い言葉を平気で口にする。実は言葉に人は殺されるのだ。言葉が一番怖い。言葉には拳銃に負けないほどの殺傷能力がある。気を付けなければならない。

言葉を使う方も、言葉を受け取る側も、足りない言葉もあるし、とげとげしい言葉もあるし、無礼な言葉もあるし、辛辣な言葉など、悪意が生み出す言葉は無限に存在する。飛び交う悪意の中でぼくらは生きているということを自覚しなければならない。言葉なんかに殺されちゃいけない。「なんだこんなもの、ただの言葉じゃないか」とどんどんかわしていくしかない。作家だから言わせてほしい、言葉で死なないでほしい。

敵意ある言葉を受け止めちゃだめだ。それは悪意の銃弾なんだから、逃げなさい。拳銃を向けられて逃げない人間などいない。スーパーマンなんかいないのだよ。それと同じだから、何も恥ずかしいことじゃない。悪意に満ちた言葉からは一目散に逃げる、これが命を守る鉄則だと思う。誰の人生なんですか、と自分に言い聞かせるのがいい。自分の人生を生きよう。
そして、今は、この子が、安らかに安らかに眠りにつくことを祈りたい。

滞仏日記「言葉に殺されないために」