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滞仏日記「半年しか働かないフランスの先生」 Posted on 2019/11/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、先週の金曜日のことだが、ママ友仲間から呼び出しがあり、子供を学校に送り出した後、カフェでお茶をした。3人のマダムの中に、ぼく、しかも日本のオヤジが一人混ざっていた。3か月に一度の割合で、この保護者裏会議が開催される。

高校生活に問題がないか、の意見交換会である。各科目の教師たちについて、ここには書けないシビアな意見が出た。「あの先生はなんかやる気がない」「あの先生は依怙贔屓をする」「あの先生は頼りない」「あの先生はちょっと髪型がおかしい」といった具合。話は脱線に脱線を繰り返したが、とっても面白かった。一通り先生たちの不満が出尽くした時、一人のお母さんがグザビエ先生のことを話題にした。学校に半年しかやってこない先生について。もっとも彼は高校教師ではない、幼稚園児を教えている。

グザビエは公立幼稚園の年長さんのクラスを担当している。大変に評判のいい先生で、その地区の親御さんたちはみんな自分の子供を彼に学ばせたい。グザビエに教わった子供たちはみんな驚くほどに勉強が好きになる。みんな成績がよくなる。グザビエは躾も厳しいが、子供たちに愛されるので、強制的にではなく、生きることの術を子供たちは学ぶことになり、彼に受け持たれた後、生活態度はよくなるし、何より優しい子供になる。この噂がパリ中に広まってグザビエの教える幼稚園の人気は高い。けれども、グザビエは9月から2月までしか働かない。なんと、年半分しか働かない先生なのである。

日本だとちょっと考えにくいことだけど、フランスにはそういう先生が結構いる。グザビエの場合、パリ市と雇用契約を交わす。その段階で、グザビエはミートン(半分だけ)働くという契約を結ぶ。彼は9月から2月(秋から冬の終わり)まで働き、3月から8月(春から夏の終わり)まではバックパッカーになって世界中を旅する。ずっとそういう人生を送って来た。でも、教師として腕があるし、人気もあるので、パリ市は彼を手放さない。もちろん、半年しか働かないので給料は一年働く人よりも少ないけれど、彼は自分の人生を大切にし、ちゃんと選んでいる。そして、パリに戻って来ると半年間一生懸命子供たちと向き合う。半端ないパワーで子供たちと向き合うし、世界各地で彼が得たエネルギーが凄いのだろう、彼に教わった子供たちはみんな目が輝き、イキイキするのだとか。感受性が豊かになるし、人を愛するようになるし、博学になるし、アカデミックになるのだという。

じゃあ、残りの半年は誰が教えるの、とママ友に訊いた。「補助教員がたくさんいるのよ」とママ友は言った。グザビエのような半年しか働かない教員が結構いるらしい。その時期空いている人たちが割り当てられるのだそうだ。どうやら、グザビエみたいにミートン先生というのがパリには結構いるのよ、とママ友は言った。ご主人が働いているので、奥さんは仕事を半分だけやり、あとは家のことをやっている、とか、その逆のケースもある。男とか女とか関係なく、それぞれの人生にあった仕事の時間割を決めて生きている。

それにしてもグザビエのような、半分働き半分は世界中を歩くという先生は珍しい。日本だとどうなのだろう。日本の公立学校で認めてもらえるだろうか? 少なくともぼくの時代にはグザビエのような先生はいなかった。どんな教え方をするのか、一度授業を覗いてみたいものだ。
「問題はうちの高校の先生たちに、グザビエみたいな先生がいるか、ということじゃないかしら」
ママ友たちの意見は厳しい。ぼくは苦笑しながらカフェオレをすすり、話を半分、だけ聞いておくことにした。息子の学校の先生は少なくともぼくの知る限り、皆さん素晴らしい先生たちなのだけど…。  

滞仏日記「半年しか働かないフランスの先生」