JINSEI STORIES

滞仏日記「日本人は働き過ぎか、と息子と議論」 Posted on 2019/11/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、海外取材中だが、息子から電話があり、寝る前のひと時、長電話となった。話しのきっかけは英語の授業で「日本人は働きすぎか」という議論があったからで、「なぜ日本人は短い人生、そんなに根詰めて働くのか」という質問が息子に投げつけられたのだという。英語で。「ワーカホリックのパパはどう思うの?」と言われた。

「まあね、パパはずっと働いているものね。ある意味、休めないから、日曜日も仕事しているしね」
「でしょ、だから、ぼくは親がそうだから反論できなかった。みんなで話し合ったのだけど、日本の子供って、塾とか行くじゃない、夜遅くまで…。塾の方が大事だって日本の子供たちがテレビで言ってた。フランスは塾ないし、学校でだいたい勉強終わらせるわけで、でも、レベルぜんぜん低くないし」
「クラスメイトはなんて言ってたの?」
「うん、結局、フランス人はアメリカ人や日本人に比べるとそこまで働いてないということになった。先生が具体的な数字で日仏を比較したんだけど、一週間で20時間くらいの差があるって。あのそれは先生が言ったことだからね、本当かわからないけど、でも、ずいぶんと差があるのは事実じゃないの。フランスは残業とかほとんどないし。パパなんて、土曜も日曜も机に向かって仕事してるじゃん。それで鬱になったとか騒いでいて典型的な日本人だよね」
ぼくはセルビアのホテルのベッドの中で、この野郎、と思ったけど、当たっているので反論できなかった。
「で、その先生は何を日本人に言いたいわけ?」
「いや、悪口じゃないんだよ。でも、一生は一緒なのに、国によっては、そういう生き方の違いがあるんだねって話し。で、ぼくらはじゃあ、フランス人は働かなさすぎなのかって議論をしたんだ。英語で」
「英語のディスカッションなんだね、それ」
「そうそう、面白いテーマじゃないと議論にならないから」
「日本がだしに使われてるんだな」
「だし? 意味が分からないよ」

「それで、みんなはなんだって?」
「ああ、結局、フランス人は短い時間で効率よく働くんだよねってことになった。日本人はずっと働いたり、勉強したりしているけど、そこまでやると逆に能率が悪くなり、逆効果なんじゃないかって」
「なるほど、悔しいけど、思い当たるとこあるね」とぼくは投げやりな返事をした。
「日本のマイクロソフトはそれに気が付いて、たくさん働かないで済むような規定を作った、と先生が言ってた。その結果、生産性が上がったんだって」
「ほ~」
「だからね、パパにも言いたかった。もっと休んでよって。ぼくは自分のことは自分ででるし、家のこともやるからね」
「ありがとう。そういう結論なら、受け止める。でも、安心をして、今は休んでるよ。今日はずっとセルビアの路地を歩いていた。心が軽くなったよ」
「それでいい。仕事してないと不安になるのはわかるけど、長生きしてほしいから、これからは自分を大切に仕事と向き合ってほしいなって思った。それだけ。あまり、飲み過ぎないでね」
パソコンを置いてきたので、仕事がしたくてしょうがない、とは言えなかった。それで最後に皮肉を言っておいた。英語で。
「英語の先生に今度会ったらパパからのメッセージ、伝えといて、それにしてもフランス人はストばっかりやらないでもう少し働いた方がいいんじゃないかって」

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