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滞仏日記「スコットランド人にどん兵衛を譲る」 Posted on 2019/10/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、リサからメッセージがあり、「東京にモンスター級の台風が上陸するらしい、とこっちのニュースで今やってるけど、大丈夫なの?」と連絡があった。そのせいでコンサートが中止になったことなどを伝えた。台風19号のことがフランスでも話題になっているというのだ。友達の多くないぼくだが、いろいろな知り合いから「食料や水を買っておくように」と次々メッセージが届いた。そうだった。落ち込んでいたので忘れてた。雨脚が酷くなる前に、急がないと。

買い出しに出る前に、息子に「Ca va?」(大丈夫か?)とメッセージを送った。毎日必ず連絡をするように、と伝言を残していたにもかかわらず、やっぱりうんともすんとも言ってこない。「無事にやってるか、心配している」ともう一度送ると、入れ替わるように写真が一枚送られてきた。キッチンのガスコンロの点火ツマミの写真のようであった。

滞仏日記「スコットランド人にどん兵衛を譲る」

「?」と返すと、次にその上の換気扇の写真が送られてきた。何かあったのかな、と想像をしていると、シンクの中のお皿とフライパンの写真、その後、食洗器の中に並べられた食器の写真が届けられた。

滞仏日記「スコットランド人にどん兵衛を譲る」

「どうした?」と日本語で送ったら、最後に、料理の写真(いつもの焼きニョッキと茹でたインゲン、何かわからないけど多分オムレツ)が届いた。

滞仏日記「スコットランド人にどん兵衛を譲る」

出かける前に玄関のドアに「学校行く時には必ず戸締り確認を。料理は基本しちゃダメ。でも、もしするならば換気扇を回し、ガスコンロは使用後必ず火が消えていることを確認し、最後に食器は洗うこと」と仏語で張り紙をしておいたのだ。つまり、これらの写真は、「料理をして、火はちゃんと消して、食器は洗ったよ」というメッセージであった。「美味しそうだね」と返信をしたがもちろん、返事は戻ってこなかった。

ま、でも、大丈夫そうだな、と安心をした。今日から息子は月曜日までリサとロベルトの家に行き、彼らと過ごすことになっている。息子に連絡をしても埒が明かないので、リサに「よろしくね」とメッセージを送った。「こちらは大丈夫だから、まずは台風に十分注意をしてね」とリサから戻って来た。

まだ小降りだったので、食料と水を買いにコンビニへと走った。周辺のホテルに泊まっている外国人たちでコンビニは大行列だった。「スコットランド」となぜか日本語で書かれたTシャツを着ていた大きな男たちがいた。ワールドカップの試合を観にスコットランドからやって来た人たちであろう。けれども、パンや冷凍食品やカップ麺が売り切れであった。ぼくが最後の一つのどん兵衛(たぶん、誰かが買うのをためらってぽんと関係ない場所に置いたもの)を手に取ろうとしていると、同時に手を伸ばしたスコットランド人が残念そうな顔をしたので、ぼくの分を彼に譲ることにした。「停電でお湯が出ない場合、水で戻せるからね。その場合は15分から20分待てばいい。冷えたうどんも美味しいから」と教えておいた。サンクス、と彼が笑顔でこたえた。観光客も大勢東京にいるのだ。「今回の台風は最大級でとっても危険だから部屋から絶対に出ないように。看板が飛んできたりするからね」と説明をしておいた。不安そうな顔で、彼は小さく頷くのだった。 

滞仏日記「スコットランド人にどん兵衛を譲る」