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滞仏日記「息子の長期間独り暮らし術」 Posted on 2019/10/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくが東京にいる間、息子は一人でパリで生活している。今まではぼくが仕事で日本滞在中は知り合いの家に預けていたのだけど、もうあいつも大きいし、そう迷惑もかけられない。週末だけ知り合いのところに泊めてもらうとして、平日は一人暮らしをさせることにした。高校生になったので、仏の法律上、可能となった。ぼくはパリを離れる前に不在中の約2週間分の食材を買ったり作ったりした。昼間は学校で給食があり、週末はアレクサンドルの家で食べさせてくれるので、約10日分の朝食と夕食を準備しなければならなかった。

朝食はコーンフレークかトーストなので、足りなくなれば自分で馴染みのスーパーに買いに行ってもらう。問題は夜ご飯であった。手作りのものも食べさせたいので、カレー、ハンバーグ、鮭の味噌漬け、ホウレンソウのバター炒め、人参のグラッセ、白ご飯などを大量に作り。タッパーに詰めて冷凍庫にしまった。さらに日持ちする冷蔵保存のレトルトパックと賞味期限の長いサンドイッチを冷蔵庫に準備した。冷凍庫がそれほど大きくないので、冷蔵保存用レトルトのおかずプレート、ハンバーガーなどは便利である。もしものことを考えて、常温保存で食べられるおかずセットのようなものも追加で棚の中に並べておくことにした。準備万端だ。

フランスのレトルト食品文化はレベルが高い。機内食のような感じである。日本だとコンビニに行けばお弁当コーナーが充実しているが、フランスはそれがない代わりにレトルト食品コーナーが結構なスペースを独占している。和食がないのが難点だが、しょうがない。サーモンのクリームソースにはピラフが添えられてある。分厚いソーセージや塩豚の煮込みプレートにはレンズ豆が、仔牛のカツレツには人参とタリアテッレが添えられている。種類が豊富でカフェなどで食べられる伝統的なフランス料理はたいていこれで賄える。(日本に進出したピカールという冷凍食品スーパーがこの国の冷凍食文化の定番で、ケーキや、握りすし、ラーメンまだあり、探せば結構に美味しいものと遭遇出来る)

うちの近所には日本のお弁当屋さんが2軒もあるので(最近、弁当ブームなのだ)、日本食が恋しくなったらかつ丼でも幕の内弁当でも買うことができる。今回、2週間という長きに渡って独り暮らしを挑戦させることにした。辻家の新時代の始まりを予感させる。成功すれば、ぼくはもう少し自由に日本とフランスを行き来出来るようになる。

今のところ、問題はないようだが、あるとすればあいつから全然連絡が来ない点であろう。そこで、ライブに向けた練習の合間、ワッツアップ(フランス版のライン)でしつこくメッセージを送り続けることになった。

Tu m’envoies un message tous les jours stp. C’est juste savoir si tu vas bien. Parce que je suis ton papa!
《今日、どうだったか、毎日メッセージを送ってね、頼むよ!ただそれだけ知りたいだけだよ。なぜなら、ぼくはね、君のパパだから!》
これを朝昼晩と送り付けたら、翌日の朝、
D’accord
《わかった》
と一言返事が戻って来た。想像するに、うざい、に違いない。思春期は続く。 

滞仏日記「息子の長期間独り暮らし術」