JINSEI STORIES
滞仏日記「手前味噌で作る田楽の秋美味し」 Posted on 2019/09/30 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、春先に仕込んでいた味噌がいい具合に出来ていたので嬉しかった。自宅で味噌づくりをはじめて6年が経つ。息子と二人になった頃、暇な昼の時間を持て余していたので、思いついて手前味噌を作るようになった。
自分で塩分や味を決められるのでまさに好みの味噌が出来る。寒い時期に仕込み、夏を超すと美味しくなると誰かに教えられたので春先に蓋をして冷暗所に保管し、秋にそこから取り出し蓋を開けるのだ。最初の頃は何度も途中で出来栄えを覗き見していたが、最近は作ったことを忘れるくらいの放置プレイ。
「あ、そういえば、味噌」
慌てて、宝物を隠した場所へ行き、ごそごそと、巨大なタッパーを引っ張り出す。口元は緩みっぱなし、でも、目つきは真剣そのもの。まさに人生の醍醐味を味わう瞬間であった。
蓋をあけると白っぽいカビが表面に、いつもより多めにこびりついていた。腐ってるじゃん、パパ、と息子は大騒ぎ。いやいや、美味しい証拠だから、と私は笑いながらナイフなどでカビを除去し、サランラップで表面を保護してから冷蔵庫へ入れる。すでに、この味噌をつかって、どんな料理を作ってやろうかという愉しみしかない。味噌汁はもちろんのこと、豚肉の味噌漬け、サーモンの味噌漬け、味噌ラーメンもいい。市販のものを買う方が手間暇のことを考えると便利なのは確かだが、自分で作る味噌のその共に生きてる感じこそが料理好きにはたまらないのである。
自分で作った味噌で作る料理を客人に出し、その人たちの驚く顔を、こっそりとまた楽しむのが本物の道楽と言える。市販のものだと、美味しいと言われても喜びは半分だが、手前味噌で作った料理を褒められると、感動は数倍に膨れ上がる。ぼくは胸を張って、えへん、と威張ってしまう。もちろん、無添加・保存料なし、材料も厳選したものしか使わないので、超A級の有機味噌ということになるのだ。
大豆は近所のBIOショップで、米麹はトゥール近郊で日本食材を作っている農家から購入している。味噌作りの仲間がいるので、その仲間を通して、大量買いし、必要な分だけ分けてもらっている。
最近は、日本食材を扱うスーパーが増えたので、そこまで苦労することがなくなったけれど、渡仏したばかりの頃、日本食材と言えば貴重品であった。味噌を作る人たちがいると聞いて、習いに行き、今日に至っている。ぼくが一番好きな工程は出来た味噌をボール状にし、タッパーに力いっぱい投げつける「空気抜き」の瞬間だ。この時、ぼくは「うまくなれよ~」と叫び声をあげながら叩きつけている。こういうものを発明した先祖の知恵に感謝しながら。
さて、還暦を迎える本年度の味噌の出来栄えは上々以上の出来栄えであった。加茂茄子に似た丸茄子を行きつけの八百屋で見つけたのでこれを田楽にしてみた。二センチ幅の輪切りにし、テフロン加工のフライパンで、優しく火を入れる。底にうっすらと焦げ目がついてきたら裏返す。油はほとんど使わないが、数的ごま油を垂らすのも悪くない。しんなりしてきたら、完成である。上からちょんちょんと触ってみれば、食べごろが分かる。手前味噌をベースに田楽味噌ソースを作り、焼きあがった茄子の上に載せる。炒った白ごまや蕎麦の実などを載せても美味い。日本の秋を思いながら、日本酒で一献。こんな贅沢、お金では決して買えるものではないということだけは日記に記しておきたい。