JINSEI STORIES
滞仏日記「料理を覚えた息子の簡単焼きニョッキ」 Posted on 2019/09/22 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、やる気が出なくて、家事とか、仕事とかに疲れて、寝ていたら、寝室のドアを誰かがノックした。
「はい」
「ご飯作っていい?」
寝ぼけながら時計を見たら、11時半だった。そうだ、土曜日だった。
「うん、いいよ」
最近、息子が料理をするようになった。レパートリーは限られているけど、自分で作って食べる料理はおいしい、と言い出した。よいことである。パパはぐったりしているから、どうぞ、お好きに。
でも、火を使うので、ちょっと心配だから、30分後に覗いてみた。何、作ってるの?
「焼きニョッキとオムレツ」
フライパンを覗くとニョッキがいい感じで焼けていた。バターの香ばしい香りがキッチンを満たしている。焼きニョッキはイタリア人の友人に言わせると邪道だと怒られるが、茹でずにニョッキをそのままバターで焼いて、醤油を絡めると、これが餅っぽくなるので、美味い。これ、子供には大人気。ただし、ニョッキはものによっては焼きに不向きなのもあるので要注意だ。
「味付けは?」
「ガラムマサラとか、カレー粉とか、なんか適当なスパイス。それにバターだから、もちろん醤油とか、あとレモンとか」
ほ~。
「あ、パパ。オムレツと卵焼きのいいとこ取り作りたいのだけど。どうやればいい?」
「失敗しても自分で想像してやってごらんよ。ヒントは、ダシと砂糖かな」
「OK」
面白いから横で見ていると、なかなかいい感じ。溶いた卵の中にそばつゆ、と醤油と砂糖を入れた。お、いいぞ。フライパンで焼くつもりのようだ。そこでヒント。
「バターでやってみたら? オムレツと卵焼きのいいとこ取りになるぞ」
「パパのも作ってあげようか?」
「あ、じゃあ、少し残しておいてくれたら、あとで頂くよ」
「OK」
食卓を覗くと、携帯でYouTubeの動画を見ながら、楽しそうにランチをしていた。土曜日だから、ま、いいだろう。ぼくは今日は一日寝ていることにする。今週末はちょっと元気がないので、たくさん寝るつもりだ。回復したら、来週からまた頑張ればいいよね? 人間、休める時に休むのがいい。家の中にバターと焦がし醤油の香りが溢れている。穏やかな土曜日の昼下がりであった。