JINSEI STORIES

滞仏日記「シングルファザーの苦悩と日常。それでも生きるということ」 Posted on 2019/09/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、世界は目まぐるしく動いているけれど、ぼくの日常も負けないくらい動いている。この日記は家のことが全部片付いた夜中の3時から書き始めた。それまでは家事に追われていた。汚れた食器を洗い、息子のバレーボールユニホームや下着などを洗い、トイレの掃除をやって、このトイレ掃除は本当に嫌なのだけど棒付きたわしで汚れをとらないと生活まで汚れていく気がするので、それから朝早く学校に出かける息子の朝食のために(コーンフレークばかりで飽きたというので)、夕飯で残ったアジフライを使ってサンドイッチを拵え、ようやくパソコンに向かうことができた。

滞仏日記「シングルファザーの苦悩と日常。それでも生きるということ」

ぼくは主夫の仕事と自分の本業とを抱えながらこの世界と向き合っている。寝る前の息子と、香港と中国の、日本と韓国の、イギリスとEUの、イランとアメリカの政治的関係性、あるいはフランスの年金改革やユーロの行方などを少し話し合ったけれど、息子の前向きな意見を受け止めるのが精一杯、ぼくは政治的なことよりも、乾燥機にかけた息子のユニホームの縮み具合や、自動車の不具合、日本行きの航空券の日程変更、水漏れ工事、PTAから届けられる様々な質問、抱えなければならない生活の諸問題に追い回され、その上に仕事をこなしているので、世界のことにまで頭が回らなくなっている。一応、毎朝世界中の新聞に目を通しているけれど、出来事を知識として眺めているだけで、強い感想を提示できない。とてもじゃないけれどアクションひとつおこせない。そういう物書きを批判する人もいて、くそ、あんたに何がわかるんじゃ、と真っ暗なキッチンで腹を立てている。俺は自分の居場所で頑張ってるんだよ!

真っ暗なサロンにマットがずっと引きっぱなしで、頭に来ると、ぼくはそこで座禅を組み、心を整えるために瞑想をする。生きることに精一杯で何が悪い。子供育てることとアマゾンの火災は繋がってはいるけれど、アマゾンまで飛んでいくこともできない。でも、家事を通してこの世界と向き合い、自分なりに何が出来るだろうか、と考えているつもりだ。みんな、誰だってそうだと思う。非力だが、選挙には必ず行く。

さしあたって今ぼくが成し遂げたいことは来月に迫った還暦のコンサートの成功だから、この日常生活の中にありながらも、毎日決められた距離を走って体力を維持し、セーヌ川で発声練習をして、汗だくになり、時にはつんのめって転んで、腕や足をすりむいて、気落ちしながらも起き上がって(そんな無様なぼくをおてんとうさまは見ているんだ)、家に戻って、筋トレをやって、子供の帰りを待ちながら歌の練習に勤しんでいる。

滞仏日記「シングルファザーの苦悩と日常。それでも生きるということ」

オーチャードホールの晴れ舞台にあがる時には、しみったれた自分を抱えて立ちたくない。昔から応援してくれている人や、最近ツイートなどを読んで会いに来てくださる人に、もちろん、等身大の偽らざる自分を見せたいのだけど、でも、堂々と、涼しい顔で、しかし活力溢れる一番輝く自分を全面に出して歌い切るのがプロの仕事だと思う。気負うつもりはないし、かっこつけるつもりももはやないけれど、ぼくがぼくである最高の瞬間を届けるのが60年も生きてきた自分を納得させる一番の方法であり、このような日常の中でも時間を集めて頑張っている理由であろうと思う。12日が終わったら、また、しみったれたシングルファザーのオヤジに戻ることを誇りに思えればいいな、と思っている。

そろそろ、息子が起きてくる。今日の日記はここまでにする。 

滞仏日記「シングルファザーの苦悩と日常。それでも生きるということ」