JINSEI STORIES

滞仏日記「哲学の先生が、なぜ日本人はデモしないか、と言った」 Posted on 2019/09/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日、パリの地下鉄は年金改革に反対するストで16路線中10本が運行中止になり、市内は大混乱となった。息子の同級生の中には4時間以上かけて郊外から学校を目指した子もいた。地下鉄職員の定年が52歳になることへの反発も、その一旦にあった。

息子の高校の哲学の授業でこの話題が取り上げられたのだという。
「そういえば、パパ、今日、哲学の授業でね、なんでフランス人はデモをやり、日本人はデモをしないのか、と先生が言い出したんだよ」
思わずぼくは切っていた肉を切り損ねてしまった。
「で、どうした?」
「ぼくは一番最初に手を挙げたよ。で、日本人は歴史的にデモをする国民性がないけど、フランス共和国は革命で出来た国だから、デモをやるんですよ、と言ったんだ」
「ほ~、で、みんなはどういう反応だった?」
「正直、フランスの子たちは日本の歴史なんか知らないし、そもそも日本人がデモをしているかどうかさえ興味がない。ぼくは両方を知っているからね、言っといた」
「先生はお前が日本人って知ってその質問をしたのか?」
「まさか、今日はじめての哲学の授業だったし、でも、クラスに日本人がいたことに、気が付いたのかもしれない。そこはわからない。ただ、その先生が日本とフランスを比較したのは面白いと思った」
「その通りだな。で、その先生はなんと言って、その議論をまとめたのか、パパは知りたい」
「ああ、彼女はとっても興味深いことを言ったよ。日本人は先にネゴシエーションをしっかりやり、その結果、納得いかないとデモをやる。フランス人は先に怒って爆発してさんざ自分たちの気持ちを伝えてから政府とネゴシエーションのテーブルにつく。この違いが両国にはあると言った。どっちがいいとか悪いとかじゃなく、そう言った」
「なるほど」
「先生が、日本人のデモは腕に腕章をつけたり組織的だと言ってた。フランスのデモは市民の中から起こる」
「なるほど、パパの若い頃は腕章をつけてのデモが普通だったけど、今は少し変化している。でも、フランス人から見るとそう見えるのかもな。明らかに欧州のデモと日本のデモは、本質的なところでそのとらえ方が違ってる」
「やっぱり歴史的なことが大きいように思うよ。日本は革命がなかった。で、なんだっけ、江戸幕府が政権を明治天皇に返えしたでしょ」
「大政奉還」
「うん。革命は行われてないから、やっぱりネゴシエーションの力なんだよ。フランスは国王をギロチンにかけて、力で変えたからね」
ぼくはいろいろと日本の歴史について話さなければならなかった。でも、それを説明するだけのフランス語力がなかった。それにしても、日本でもこういう授業があるのだろうか、と思った。その後、ブレグジットの話になり、イギリスの未来について先生は生徒たちの意見を集めたのだという。
「ぼくの意見? あれは完全にキャメロンのミスだったと思うよ。メイ首相は優秀な政治家だったけど、辛い立場に立たされ、自分の思想を曲げなければならかった。沈みかけた船をコントールできる政治家は今のところいないよね」
15歳の息子はクスっと微笑んでからそう告げた。 

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