JINSEI STORIES

滞仏日記「ダメじゃなく、大丈夫、という育て方」 Posted on 2019/07/31 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、ダメだよ、と頭ごなしに言うと子供は、ダメなんだ、という記号を頭の中に焼き付けてしまう。ダメダメダメ、と三回言えば、三回分のダメが頭の中に彫り込まれる、そういう気がする。出来るわけね~だろ、と言えば、出来ないと思い込んでしまう。そういうネガティブなメッセージを一切使わないで僕は子育てをやってきた。普通、大人というのは子供に否定から入るのだけど、僕は否定じゃなく、可能性から入るよう心がけている。頑張れ、戦え、とは絶対に言わない。頑張らなくてもいい、逃げても構わない、と言うようにしている。すると、とある大人がそれはよくないと僕に文句を言った。戦わない子になってしまう、というのである。いつも甘えて逃げる子になる、と言うのだけど、悪いがうちの子は逃げたことがない。

あの子は勉強できるね、お前も勉強しなきゃ、というのは本当に間違えたメッセージだ。あの子は出来る、お前は出来ない、という比較が子供に与えるメッセージは、親によって他人と比較されるという相当厳しいネガティブパンチを子供たちの心に打ち込んでしまう。これはやっちゃいけない。あの子は凄いね、という代わりに、僕は息子のいいところを探して、お前はすげーぞ、と言ってやるようにしている。サッカーの岡崎選手がうちに遊びに来た時、僕が普通に人前で息子を褒めるので、そういう子育てっていいですね、と笑顔で賛同してくれた。でも、僕にとってはごく普通のことなんだけど、と思った。悪いところなんかほっとけばいい。出来ない科目もあるよ。でも、出来る科目をどんどん褒めて自信を与えることの方がその子を大きく伸ばす一番の秘訣じゃないか、と思う。簡単なんだけど、親は不安だから、つい比較をしちゃう。70億もの人間と比較するつもりか、子供だって生きているんだ、身が持たない。

大昔、バイト先で上司が入ったばかりの新人を怒鳴りつけていた。「死ね、このボケ」みたいな。数年後、そこで一番の年上になった時、僕は失敗した新人に「死ぬな、生きろ」と言った。自分の人生を大事にしていいんだと思う。僕の84歳になる母親は、まず、命を大事に生きなさい、と言い続けてきた。自分を犠牲にしなくていいんだよ。

今日、東京は35度くらいあって、危険だった。息子がTシャツを買いたいというので原宿あたりを一緒に歩いたのだけれど、死にそうだった。梅雨が終わって、日本も夏らしくなった。しかし、二か月半に及ぶフランスの夏休みはやっと半分を消化したという感じで、ここからパリに戻ってからが実は長い。ま、僕が仕事をしている間も息子は僕に代わっておばあちゃん孝行をしてくれたし、お小遣いあげてないので、Tシャツくらい買ってあげないとね。楽しい日本の夏であった。
 

滞仏日記「ダメじゃなく、大丈夫、という育て方」