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滞仏日記「息子と音楽がある生活をデザインする」 Posted on 2019/07/25 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、息子から送られてきた曲の音源を、知人のジョン礒江氏がミックスしている。礒江氏は秋葉ゲームソフト系の音楽制作を中心に活躍するプロデューサーだ。この数日、僕と息子とジョンがメールでやり取りをしている。昨日、ジョンがミックスした曲の音源を息子が聞いて、偉そうな感想が戻って来た。しかし、そのやり取りがとっても面白かった。15歳、45歳、59歳と世代が違うが音楽を通すと同じ仲間になるから不思議である。

息子「音楽すごく良いけど、低い音をブーストするぶん、高い音が聞こない: スネアの音がひくいとおもう。あと、さびの時、ベースの前のキックが聞こえたら良いかなとも思うし、あとスネアもほしいと思う。ジョンがこれで良いって言うならばそれで良いんです。全体的には良いと思うよ。エフェクトがかっこいいし、ギターもそれなりに良いと思うし。ソフトな音がけっこう日本人向けだと思う。やっぱりドラムの音だけが低いかな。(原文のママ)」

僕とのやり取りではほとんど「うん」か「オケ」しか言わないのに、こいつなんとか日本語使いこなしてるじゃん、と思ってめちゃしゃくだった。ただ、敬語が使えてない。頑張っているとは思うが、知らない人にこんなメールを送ったらとっても失礼になる。そもそもフランス人は、とくに映画とか音楽の世界では、敬語は使っちゃいけない。使うことで、距離が出来てしまうからだ。だから、僕がこっそり、ジョンに謝っておいた。ごめんね、うちの子、日本人的な敬語とか一切使えないんだよ、と。ジョンは本当に心の広い人間だから、もちろんです~、と意に介さない。

ジョンが最初のミックスダウンに変更を加えたものを送って来た。息子からのリクエストに応えてあり、確かに息子の指摘通り、数倍よくなっている。ジョンに、「生意気でごめんね」とメールしたら、「生意気だなんて、全然そんなことないです。しっかりしたイメージがあって感銘を受けました。本当に立派になって、これからが楽しみです」と親戚の人みたいな感想が戻って来た。本当にいいやつだ。息子はそのことを分かっているのだろうか? 新しい音源を息子に送付したところ、以下の返事が戻って来た。もちろん、原文のママである。

息子「すごく良いと思います! スネアにリバーブかけても良いと思います、ウエットを上げて、EQでリバーブ後にロウをちょっとだけカットできたらどうでしょう? さらにイントロの2メジャー目からサブベースのエンビエンスって入れられますか? ギターを添える感じでできたらかっこいいと思います。でそのサブはイントロだけでお願いします。声が入る時にカットできたら良いと思います。で、毎回さびの最初にで、パンチがもう少しほしくてですね、そこだけ少しディストったキックと音量が低めのシンバルが入ってても良いと思います。すいません自分で最初からやれば良い話なんですけど今きずいたもので。あと、日本語のほうもひどくてすいません。」
最後のところの、自分の日本語の酷さを謝っているところは、まあ良かった。これさえできれば、通じる。初心者が外国語を使う時には、必ず、ありがとう、サンキューとかメルシーを入れておくとよい。その一言で、言葉の角がとれるからだ。

ともかく、僕と息子の初共演の曲の完成が近づいてきた。実は息子は日本でデビューする気は全くない。彼は英語で音楽を作っていて、フランスのプロデューサーと話し合いをしている。彼はやるなら英語圏で音楽を届けたいと思っているようだし、そもそもプロになる気はない。人生は長いし、好きなことと仕事は別でもいいんじゃないか、と彼は思っている。もともと、環境問題や人権問題に関心の高い子だから、そういう仕事が出来るための大学への進学を希望している。音楽はあくまでも趣味。でも、親ばかで恐縮だけど、なにがしかの才能があるので、一曲だけでも、ぼくのファンの方々に向けて配信できないか、と話し合っている。彼の条件は、納得いく音源が整ったら、ということだった。どうやら、そこはクリアできそうだ。今回の曲「toi et moi(仮)」の制作は親子の絆を深めるためにはいいスパイスになった。いずれにしても、ここまで、よく育ってくれた、と音を聞きながら、涙をこらえる辻パパであった。

オーチャードホールの還暦ライブで、この曲は必ず歌う。でも、どうやってそこにあいつを引っ張り出すか、悩むところである。
 

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