JINSEI STORIES
滞仏日記「お祭り好きのフランス人、白い夕食と四角い左岸とは?」 Posted on 2019/06/07 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、夕食の準備をしていたら、知り合いから四角い左岸でシャンパンをふるまってるから、ちらっと飲みに来ませんか、と連絡が入った。数日続いた雨があがり、パリは快晴だった。そういえば家事と仕事に翻弄されてまだ今日は家を出ていない、と気付いた。左岸のセーヌ川に近いギャラリー街、BEAUNE通りに出かけると、一角は閉鎖され、物凄い人だかりであった。年に一度、パリ左岸の画廊の店主たちが一斉に自分の店のドアを開けて街を解放するというイベント。正装の男女が通りを埋め尽くしシャンパンやワインなどを飲んでいる。僕もタキシードを着て出かけた。
僕は知り合いの店に顔を出し、そこに集うフランス人たちを紹介され、シャンパンを頂くことになった。ギャラリーでは催しが新しくなるたびに人を集め、ヴェルニサージュ(オープニング・パーティ)が行われる。絵画を眺めながら飲む酒は格別で、呼ばれるとあちこちの画廊に出かけて行っては油を売っている。今日は左岸中の画廊が一斉にヴェルニサージュをやっているという印象であった。僕はシャンパングラスを持ったまま、「四角い左岸 CARRE RIVE GAUCHE」という名のイベントを巡回した。芸術関係の人たちが通りに出て議論をしていた。たぶん、パリは何世紀もこういう感じで芸術談義を繰り返してきたのであろう。
すると今度はどこからか、全身白い服で身を纏った人たちがテーブルや折り畳みの椅子やバゲットを持ってこのイベントになだれ込んできた。気が付くと通りは白装束の人たちによって占拠されている。ある通りには千人以上の集団。これはまた別のイベントだな、と思ったので、頭に白い帽子をかぶったご婦人を呼びとめて「なんですか? あなたたちは」と質問をした。「私たちは白い夕食イベントに参加しているのよ」と笑顔でこたえた。ああ、白い夕食か!
これは南仏で始まったイベントで、みんなで白い恰好をして野外で一斉に夕食をとるという風変わりな企画であった。今日はチュイルリー公園に一万人の白装束の連中が集まってディナーをするらしい。フランス人のこのイベント好き、本当に頭が下がる。人生を満喫する本気度が違う。毎週のようにこういうイベントがパリのあちこちで行われているのだ。スケボー集団がパリを席巻したかと思うと、来週はいよいよ「音楽祭」だ。パリ中がコンサート会場になり深夜まで大音響の様々なミュージックが繰り広げられる。毎晩のようにソワレと呼ばれる各種の夜会が開かれており、誰もが何かのオーガナイザーをやっている。僕は四角い左岸の中心に立ち、丸い世界を堪能した。口に含んだシャンパンの泡のような人生を少しでも楽しくしようと人々が集まってイベントを繰り広げるパリ、心地よい風を受け止めながら、僕はその一角でほんのりと酔っぱらうのであった。