JINSEI STORIES

滞仏日記「過去に未来を潰されないために今するべきこと」 Posted on 2019/05/23 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、過去のことに苦しめられています、という相談を受けた。その人は毎日、過去の出来事に後悔をし続けていて、そこから抜け出せないで死にそうだ、と訴えた。実は僕もずっとそうだった、とお話をした。
「それで長いこと苦しむことになるのだけど、ある日、僕は解決策を見つけたのだよ」
その人は僕の顔を覗き込んで、それはどんな方法でしょう、と訊いてきた。
「とにかく、今を精一杯生きることなんだよ。ところで、今を一生懸命頑張るとどうなると思う?」
その人は言葉を探すのだけど、見つけられず小さくかぶりを振った。
「今この瞬間を頑張ると当然現在の流れが変わる。今が良くなれば、どうなりますか? 未来も良くなるでしょ? 今をどんどん頑張ると未来がよくなり、すると、あんなに苦しかった過去の苦しみも薄れていくんだよね。つまり、未来が良くなるということはダメだった過去を持ち上げるということだ」
ああ、とその人は言った。過去は過ぎた出来事だけど、実はとっても未来と関係があるのだよ、と僕は言った。



それは僕が自分自身にずっと言い続けてきたことでもあった。後悔を一生背負って生き続けることは苦しい。過去は現在に大きな影響を及ぼしている。過去を引きずり続けている限り、未来もそこに引っ張られてしまう。これを打ち破るためにまずやるべきことは今、この瞬間を輝かせること。今が良くなれば、当然、未来も良くなる。今が凄くよくなれば未来は当然引っ張られる。その結果、ダメだと諦めて後悔ばかりしていた過去へのわだかまりも、苦痛も、諦めも消え去り、しいては結局、過去を、―過去の出来事は変えられないにしてもだ―、後悔や反省や苦悩というものは和らぐ。未来が過去に及ぼす影響力というものがある。だから、諦める必要はまだない、ということなのだよ。



結局、人生というものは永遠の現在の中にこそある。過去と言っても、それはすでに遠ざかったものであり、未来と言っても、それはまだ来ぬもの。遠ざかったものや、まだ来ぬものに振り回されることは馬鹿らしい。過去が苦しくて、そのせいで現在も未来をも無駄にしていったい何になる。僕はだから、今日は精一杯生きることにしている。今日が輝けば、未来も過去もついてくる。

すると、その人の顔がほころんだ。

「だって、そうじゃないか? 過去のせいで今をダメにして、死にたい死にたいと思っていたらいい未来なんか来るはずがない。そこには絶望しかない。でも、そういう自分を今、変えることが出来るなら、未来も変わる。ならば変えてみたいと思ったんだよ」
 

滞仏日記「過去に未来を潰されないために今するべきこと」



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