JINSEI STORIES
滞仏日記「時々、僕が僕を心配したくなる夜」 Posted on 2019/05/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ロケハン終わりで東京に戻り、その足で講師をやっているタイタンの学校に顔を出す。今年は演劇クラスを見ていて、若手で大活躍をする三人の演出家たちとタッグを組んで5~60名の学生と向き合っている。30年ほど前に書いた戯曲「フラジャイル」を古本屋さんで探し、教材とした。前回はみんなに本読みをさせ、クラスを演出コース、俳優コースに分けた。その時、志願した有志たちのチームに練習をさせておいた。課題である。それが実際、突っ込みどころ満載ながらもなかなか素晴らしかった。プロ顔負けのレベルで、正直驚いた。さて、今日のメイン講師は、劇団CEDARの松森望宏さんだ。プロの演出家がどうやって芝居経験のない人たちをその気にさせていくのか、興味があったが、松森は僕よりも熱量が高く、学生の中に飛び込んで行ってはぐいぐいと彼らの心をわしづかみにしていく。松森はクラスを8等分して、各チームに演出家をたて、僕の台本を頭から順番に実演させ、それを見ている人が批評するというスタイルの授業を行った。稽古をしている時の生徒たちの目の輝きの熱量が今どきの子とは思えないほどに眩く輝いており、気が付いたら僕も巻き込まれて熱く意見を張り上げていた。途中から夏の講師をお願いしている演出家の木村孔三氏が合流し、結局最後は三人で現代演劇論をぶちかまして終わった。実に濃厚な2コマ、3時間となった。
三人で軽く飲んだ後、一度、家に戻り、昨日までの映画のロケハンの細かい問題点の検証などを制作部とメールでやりとりし、その後、週刊誌の記事を二つ、レシピを一つ、書いて編集部へと送った。夜、六本木の寿司屋で友人の島田氏と広報部長の浅野さんと三人で食事をしながら第3回「新世代賞」の方向性について議論をした。新世代賞は設立からついに今年で3回目、この6月の頭には三度目の募集を開始する。去年のスポンサー、レーサム社から、今年はシマダハウスの提供へと変わる。去年まではデザインとアートに主軸を置いてきたが、今年は元号が変わり、令和になったということもあり、万葉集との深いかかわりが取りざたされていることも鑑み、より言葉が重要な時代になったのではないか、と言葉にシフトした作品の募集をやることに決めた。そこで第3回目の新世代賞のテーマを「時代の言の葉、時代のデザイン」という切り口で作品募集することに決定した。審査員の一人には、日本を代表する歌人、俵万智氏にお願いをした。言の葉とは古代の言葉や和歌のことを指す。元号が変わり新しい時代が訪れたが、僕らはこの時代にどのような思いや期待を持っているのか、持とうとしているのか、それを言葉のアートとして転出してもらう形になる。年齢制限はそのまま25才以下の新世代に限る。
ところで大変なことがまた起きた。時差ボケで眠れなくて、焦れば焦るほど、目が冴えていく。ウイスキーを飲んで、寝ようとしたがやはり眠れず、ジェットラグに苦しんだ。喉が渇いたので、小銭を掴んで水を買いに外に出たら鍵を持たずに出てしまった。ちょっと変わった形式の宿で、セキュリティが異常に高い。しかも、夜の受付はいなくなる。携帯もカバンもすべておいて、さわやかな恰好で飛び出したのはよかったが、戻れなくなり、公園のベンチでジャージ姿で朝を待つことになった。負け惜しみじゃなく、とっても心地よい夜であった。おそらく、僕はちょっと生き過ぎなのだと思う。