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滞仏日記「英国どうしちゃったの? とみんなにきかれた」  Posted on 2019/04/10 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、東京に入った日に多くの人から「イギリスはどうなってんの?」と質問を受けた。結構、みんな不思議に思っているのだな、ということがよく分かった。僕はフランスに住んでいるので、分かっているとはもちろん断言はできないのだけれど、でも、隣国だからこそ、最近、なんとなく見えてきたことがある。そういえば今朝のニュースで、EUのトゥスク大統領が「英国が離脱協定案を批准するなら離脱期限を一年間延長する」と言い出した。加盟国の意見は分かれている。要は、英国がこのまま離脱するとEUも被害を被るので、なんだかんだ言っても英国とEU諸国は呉越同舟だったりする。実は最初から英国だけの問題じゃないのだけれど、EU諸国もどうしていいのかわからない感じで、「どっちやねん」状態がずっと繰り返されている。

たとえばデモクラシーというけれど、実はこの言葉くらい不明瞭な単語はない。使う人によってこの言葉は幾重にも膨らみ同時に幾重もの幻影を生む。そこで民主主義そのものが同一の定義で果たして議論されているのかを見極める必要がある。イギリスは議会制民主主義の元祖なのだが、だからこそ、ある種の限界が訪れているのじゃないか。

結論からざっくりと言うならば、イギリスの議会制民主主義の問題というべきだろう。日本には衆議院と参議院があるが、イギリスは700年前に貴族院から始まっている。貴族院と庶民院とに分かれており、実権は庶民院が持っている。庶民院の第一党の党首が首相に任命される。有名な「国王は君臨すれど統治せず」の原則により、日本と同じで象徴的なお立場にある。ブレグジット問題の本質には第一党である保守党内の問題も絡んでいる。これまでのすったもんだは酷いコメディ映画みたいな有様だ。ついには一昨日、メイ首相は野党労働党に相談してしまった。自分の党が言うこと聞いてくれないのだから、そうしたくなるのもわかる。で、当然自分の党から反発を買った。もともとメイさんは離脱に反対していたのに首相になったので民主主義の原則に則って推進している。与党にも野党にも離脱推進と反対派がいて、なんとかまとめるにはもはや野党であろうと味方にしないとどうにもならないという判断だろうけど、末期的。このままでは保守党が分裂してしまう。分裂したら野党に転落するから、ぎゃあぎゃ騒ぎながらも泥の船だけどみんなでしがみ付いている。

英国国民もやっとこのお粗末に気が付いて、離脱中止を求める署名運動や二度目の国民投票などを求めてデモなどを展開しているけれど、イギリス政府は「国民が投票で決めた離脱を中止すると、民主的な投票が否定されることになり、つまりは民主主義への信頼が崩れる」と言い出す不条理。この「民主主義」という言葉、「民主的な」という言葉がブレグジットを混乱させている張本人なのである。英国国民もまさかこんな状態になるとは思わないから、もう少し政府がしっかりしていると幻想を抱いていたからか、最初の国民投票の時に行かなかった人たちが結構いたんだろうな。で、今頃になって、おい、冗談はよせ、みたいなことになっている。そもそも、そこが間違いの元。話を最初に戻すことになるが、結局、イギリスのこの意味不明な自滅的現状は、民主主義という言葉のせいだとパリで暮らす僕は思った。そう考えたら、英国が陥っている負のループの謎が解ける気がする。本当は多くの議員たちは現状での離脱を、英国国民と同様に反対している。でも、民主主義という言葉がそれを妨害している。それが議会制民主主義の辿り着いた現在であり、今回の離脱問題の本質かもしれない。

僕が一番、注目したのは先月のイギリスの大規模なデモの中にあのフランスの黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)を着ている人たちが出現したことだ。フランスとイギリスの問題は同一視できないけれど、EUの問題というところでは底辺で通じる。イギリスと同じ気持ちでいるイタリアは中国の一帯一路と手を結びEUから不信を買った。イタリアも離脱したかったけど、イギリスの動きを見てちょっと今はやめておくか、と躊躇い、中国に接近した。とまれ、欧州は大きく揺らぎだしている。フランスから始まった黄色信号が全欧州に広がりはじめている嫌な空気を感じる。メルケル首相は2021年の任期満了を持って退任が決まっている。誰が欧州を力強く引率していくのだろう? イギリスが仮に合意無き離脱をした場合、EUも到底無傷ではいられない。だから、EUは英国の離脱期限を再延期しようとしているのだ。
 

滞仏日記「英国どうしちゃったの? とみんなにきかれた」